上杉周作

いたるところでプログラミングを学べる未来に、輝く先生のすがた

この記事は、プログラミング教育について語るブログ「senseicode」に書いた記事の転載です。

学校の先生方へ

はじめまして。アメリカ西海岸にあるシリコンバレーでエンジニアとして働いている、上杉周作と申します。

少し自己紹介をさせてください

ぼくは88年生まれで、日本には小学校卒業まで通い、中・高・大とアメリカで過ごしました。大学は、コンピューターサイエンスが世界的に有名なカーネギーメロン大学でコンピューターサイエンスを学びました。

そんなぼくがなぜ、先生のみなさまにこのような記事を書いているのか。偉そうに何か言いたいわけではございません。単刀直入に申しますと、日本の教育現場で活躍されている先生方の友人をつくりたいからです

アメリカの教育業界で働いています

日本の先生の友人を作りたい理由は、ぼくの職場に起因します。2012年の9月から、ぼくはシリコンバレーの教育系ベンチャー企業・EdSurgeでエンジニアとして働いています。

EdSurgeは、生徒の学びに最も役に立つテクノロジーを、学校側が見つけ・選択し・利用するための支援を行っています。具体的には、edsurge.comという「教育×テクノロジー」(エドテック)のメディアを運営したり、全米各地で数百人規模の「教育×テクノロジー」のカンファレンスを行っています。カンファレンス参加者の殆どが学校の先生で、下の動画がその様子です(動画元)。

また、学校が教育ソフトウェアを購入する際、弊社のアナリストが「相談役」となる、いわゆるコンサルティング的なこともやっています。

おかげさまでアメリカの教育業界については勉強させてもらっていますが、ぼくは日本の教育業界には疎く、知り合いも少ないです。とくに、学校の先生方の友人があまりいません。

EDIXなるものに参加しました

「日本の学校の先生方と仲良くなりたいけど、どうしたものか」と考えた結果、一時帰国し、2016年5月にお台場で行われた「第7回 EDIX (教育ITソリューションEXPO)」に参加することにしました。学校向けITの専門展としては日本最大だそうです。

友人が講演者の一人だったりして(写真左下・デジタルハリウッド大学院の佐藤昌宏教授)、それなりに楽しめたのですが、残念ながら先生の参加者はあまり見受けられませんでした。夏休みでもない5月の、平日の真昼間に行われた展示会でしたので、そりゃ先生は来にくいですよね。

プログラミング教育をきっかけに、ネットで先生の友人を作れないか

ただ、ひとつ収穫だったのは、プログラミング教育がそこらじゅうで話題になっていたのを知れたことでした。文科省が今年、小学校でのプログラミング教育の必修化を検討し始めましたね。

文部科学省は19日、小学校でのプログラミング教育の必修化を検討すると発表した。2020年度からの新学習指導要領に教える内容を盛り込む方向で議論する。(朝日新聞 / 2016年4月20日)

展示会は文科省の発表のちょうど1ヶ月後に行われたのですが、ゲーム感覚でプログラミングを学べる教材を提供している会社が既にブースを出していました。

ここまで話題になっているのであれば、プログラミング教育について興味を持っている先生方は多いのではないか。大学でコンピューターサイエンスを学び、プログラミング教育で先を行くアメリカの教育業界で働いているぼくなら、そういった先生方に何か発信できる情報があるかもしれない。知り合いの知り合いを通じて、ぼくの文章が先生方に読まれれば、日本の先生の友人ができるかもしれない。

そう楽観的に考え、プログラミング教育についての記事を書くことに至りました。

「有識者」ではなく「物知り」でありたい

文科省はその後5月、6月と小学校のプログラミング教育必修化の有識者会議を行ったそうです。

13日の会合では委員から「プログラミング言語そのものでなく、コンピューター的な考え方を教えるべきだ」「小学校ではまずプログラミングを学ぶ楽しさを知ってもらうのが全て」などの意見が出た。(朝日新聞 / 2016年5月13日)

文部科学省の有識者会議は3日、議論のとりまとめをした。新たに教科を作るのではなく、すでにある「総合的な学習の時間」や教科の中で実施し、どの教科や学年にするかは各校が決める。(朝日新聞 / 2016年6月25日)

そしてネットを見渡せば、たくさんの「有識者」がプログラミング教育について意見を述べています。たとえば、プログラミング言語「Ruby」開発者・まつもとゆきひろ氏のコメントはこちら。

ぼくは、まつもとさんが言及している方々のような「プログラミング教育についてモノ言う有識者」の意見を否定するつもりはありません。しかしぼくは、「これは、こうあるべきである」というような「有識者」チックな書き手にはなりたくないと思っています。

それよりも、「プログラミング教育について、物知りなアメリカ在住の人」という立ち位置で、現場で活躍されている先生方が「面白い」と思えるような情報を発信していくつもりです。それはいったいどんな情報かというと、こんな感じです。

アメリカの高校国語教師・ヴァン・ドーレン先生の話

弊社が記事にとりあげた、ヴァン・ドーレン先生の話をします。ヴァン・ドーレン先生はネバダ州の田舎にある公立高校で国語(英語)を教えている方です。

ヴァン・ドーレン先生は風の便りで、「Hour of Code」という、アメリカ発の世界的なプログラミング教育キャンペーンのことを知りました。2014年12月のキャンペーン期間中、国語の授業中だったのにもかかわらず、キャンペーン主催者・Code.orgのオンライン教材を用いて、生徒に一時間だけプログラミングをやってもらったのです。

すると生徒には思いのほか好評で、彼女はコードが全く書けなかったにもかかわらず、コンピューター部の顧問になることに。しばらくして生徒から「コンピューターサイエンスの授業を教えてほしい」とせがまれるまでになりました。

アメリカの高校では「APCS」という、特進生向けにしっかりしたコンピューターサイエンスのカリキュラムが1984年からあり、良い成績を納めれば大学の単位としても認められます。ぼくも2006年(高校3年)に受講し、大学のコンピューターサイエンスの単位を一年ぶん得ました。アメリカの大学受験はAO入試なので、できる子は受験用の難しい問題を解くのではなく、特進コースに進み大学の単位を先取りしようとするのです。

ただし、APCSのカリキュラムは難易度が高く、また教えられる先生が少ないことから、2015年では全米の約12%の高校でしか実施されていません。ヴァン・ドーレン先生の高校でも、APCSを教えられる先生はいませんでした。

ヴァン・ドーレン先生はクラウドファンディングで資金を集めた

「誰も教えられないのなら、自分がやるしかない」と考えたヴァン・ドーレン先生は、ネバダ州でAPCS講師となるために必要な資格と、それを得るための研修プログラムを調べました。地方分権が進んでいるアメリカでは、教育行政は基本、連邦政府ではなく州政府が実行しているため、「ネバダ州の資格」となるわけです。彼女は夜に仕事を終えたあと、オンラインの研修を受け続け、プログラミングをゼロから学び、みごと1年でAPCS講師の資格を得たのです。

しかし、付け焼き刃の知識に不安を覚えた彼女は、さらに高いレベルのプログラミング講師研修が必要だと考えました。ちょうど夏休みにそんな研修の機会があるのですが、受講費用はなんと6600ドル。すでに彼女はAPCSの研修でお金を使いきっていました。

諦めきれなかったヴァン・ドーレン先生は、「DonorsChoose」という、「教師のアイデアを実現させるための、クラウドファンディング(ネット募金)サイト」を頼りました。

2000年にはじまったDonorsChooseは寄付文化が強いアメリカで大人気。寄付者数は15年間で約200万人、目標の寄付金を得られた教師は約30万人にのぼります。去年一年だけでも、サイト全体で約100億円が集まったようです。

さらにDonorsChooseにはプロジェクトの種類限定、期間限定でスポンサーがつきます。ラッキーなことに、ヴァン・ドーレン先生が募金を募ったとき、「先生向けのプログラミング研修のための募金」には、National Science FoundationとInfosys Foundation USAという財団のスポンサーがつきました。スポンサーは集まった金額と同額を補填してくれるので、ヴァン・ドーレンさんは研修費の半額を募ればよいわけです。

そして見事、彼女は研修費を集めることができ、スマホアプリ作成などを中心とした、ハイレベルなプログラミング講師研修をこの夏に受けられることになりました。同じスポンサーが援助している、「先生向けのプログラミング研修のための募金」プロジェクトの数は、3ヶ月で80にのぼります

「ちょっとイイ話」の続き

ヴァン・ドーレン先生のちょっとイイ話、いかがでしたでしょうか。話を締めくくる前に、ひとつ補足させてください。

日本のプログラミング教育必修化について、産経新聞がこのように書いていました。

(プログラミング教育を)必修化するには指導態勢の課題もある。特に学級担任が全教科を担当する小学校では、専門知識を持つ教員が少ないのが実情だ。(産経新聞/2016年6月3日)

日本の友人とプログラミング教育について話すと、「教えられる人が足りないのにどうするんだ」とみな異口同音に言います。つい4月にも、このような記事を見かけました。

小学生にプログラミング必修、失敗必至の愚政策

安倍首相は小学生から「プログラミング教育を必修化」と産業競争力会議で表明しました。教える人材を手当出来ない情勢から、街のパソコン教室以下とも言われる高校の必修科目「情報」の失敗を繰り返すのは必至です。「情報」はワードやエクセルなどを教えるだけの存在に成り下がったり、厄介者扱いで受験向け科目に振り替えられたりしています。2003年の必修化時にはそれなりの理想は掲げられていたのですが、情報専門の人材が高校に入ることはほとんど無く、教える先生の大半は数学などの教諭が夏休み3週間の講習会で免許取得認定を受けたのでした。

(中略) 子どもが減っていく中で、現在でも学校教員の数は財務省の圧縮要請に文部科学省が激しく抵抗する状況です。安倍首相が言う十分なケアが出来るスタッフが小中学校に揃う可能性は限りなく小さいと思われます。

日経の2014年《高校の「情報」科目、必修は名ばかり 簡単パソコン操作だけ》が《情報処理学会は8月、教員向けの講習を初めて開催し、指導力の改善に乗り出した》と伝えていますが、まさに焼け石に水としか言いようがありません。

たしかに失敗必至の愚政策かもしれません。それでもヴァン・ドーレン先生の話を読んだりすると、なんだか希望が湧いてきませんか?

いたるところにテクノロジーがある未来

さて、そろそろ結論部分に入りましょう。少し話がそれますが、また最後にヴァン・ドーレン先生の話に戻ります。

Googleの自動運転車。

これからは、世の中のいたるところにテクノロジーがある未来が来るそうです。そこら中のモノがインターネットにつながったり、自動運転の車が当たり前になったり、人工知能が人間に変わってあらゆる判断を下すようになると言われていますね。教育分野にもテクノロジーが進出してきていますし(エドテック)、金融(フィンテック)・医療(メドテック)・農業(アグテック)などでも、世界中でテクノロジーの力によって業界再編が進んでいるようです。

こんなジョークもあります。東京に似た大都会のニューヨークでバーに行くと、あなたの横に座っているのは法務業界の人、飲食業界の人、はたまたファッション業界の人かもしれません。しかし、テクノロジー最先端の街・サンフランシスコでバーに行くと、あなたの横には「法務xIT」業界の人、「飲食xIT」業界の人、「ファッションxIT」業界の人が座ることでしょう…と。

ぼくは実際にサンフランシスコに住んでいますが、やはり「◯◯xIT」業界に身を置いている人はとても多い印象を受けます。

いたるところでプログラミングを学べる未来

有識者らによれば、「いたるところにテクノロジーがある未来」に備えるには、プログラミング教育が有効だそうです。

プログラミング教育を、コンピューターを介して意図を実現する手順を論理的に考える力を育むことだと位置づけ、その力は「どんな職業に就くとしても時代を超えて普遍的に求められる」とした。(朝日新聞/2016年6月3日)

さまざまな分野にテクノロジーが関わる未来が待っていて、それに備える手段がプログラミング教育である。この前提を踏まえてもう一歩思考を進めると、

プログラミング教科の時間だけでなく、さまざまな教科において、子どもにプログラミングする機会を学校で与える

ことができれば、理想なのかもしれません。贅沢かもしれませんが。

言うなれば、きたる「いたるところにテクノロジーがある未来」に対して、「プログラミングを学べる未来」だけでなく、「いたるところでプログラミングを学べる未来」を作ることによって備えるということです。「◯◯xIT」業界で働く人が増える未来が来るのなら、「教科xプログラミング」を学べるようにする未来が求められるのではないでしょうか。

理科の時間に実験をプログラミングでシミュレーションしたり、国語の時間に著者の気持ちを読み取る人工知能をプログラミングしたり、社会の時間に歴史上の人物が登場する戦争ゲームをプログラミングしたり。図工の時間ではロボットをプログラミングしたり、道徳の時間ですら、ソフトウェアの著作権問題などについて話し合うこともできます。

前述の有識者会議でも、そのような案が出たようです。以下抜粋。

【理科】例えば、身の回りには、電気の性質や働きを利用した道具があることをとらえる学習を行う際、プログラミングを体験しながら、エネルギーを効果的に利用するために、様々な電気製品にはプログラムが活用され条件に応じて動作していることに気付く学習を取り入れていくことが考えられる。

【音楽】例えば、音楽づくりの活動において、創作用のICTツールを活用しながら、(中略)音長、音高、強弱、速度などの指示とプログラムの要素の共通性など、音を音楽へと構成することとプログラミング的思考の関係に気付くようにすること(中略)なども考えられる。(小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について / 2016年6月16日)

いたるところでプログラミングを学べる未来に、輝く先生のすがた

ただし、なんでもかんでも「教科×プログラミング」にすれば良いというわけでもありません。有識者会議では、以下のような意見もありました。

(図工の時間にプログラミング教育を実施することについて) プログラミングを学ぶためにすばらしい教材が、必ずしも図画工作科のねらいの観点から価値が高いとは限らない。

(算数の時間にプログラミング教育を実施することについて) 言うまでもないが、(中略)文章題のストーリーをプログラミングによって単にアニメーション化するようなことは、数学的活動とはならないことなどは、改めて確認しておく必要がある。(小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について / 2016年6月16日)

そりゃそうですよね。「教科×プログラミング」をうまく教えるには、「教科の学習という観点では効果的なのか?」「プログラミングの学習という観点では効果的なのか?」というふたつの質問に、先生が「Yes」か「No」か答えられる必要があります。

こういう時代が来るとしたら、さきほど紹介したヴァン・ドーレン先生のような方が重宝されると思うのです。彼女のように、「国語」と「プログラミング」両方を教えられる人は、「国語xプログラミング」を教える際に、「国語」か「プログラミング」のどちらかが教育的観点からみて犠牲になっていないか気を配ることができるでしょう。

学校の先生がみなヴァン・ドーレン先生のようになるべきだとは思いませんが、これからの先生が目指すべき姿の一つなのではないでしょうか。

ありがとうございました

さきほど、

「プログラミング教育について、物知りなアメリカ在住の人」という立ち位置で、現場で活躍されている先生方が「面白い」と思えるような情報を発信していくつもりです。

と書きましたが、今回の記事は序の口です。頑張って書きますので、次の記事も読んでくだされば嬉しいです。