上杉周作

アメリカの教科書はなぜ重たいのか

およそ3年前、スティーブ・ジョブズが亡くなった数ヶ月後、アップルは教育関連のイベントを開いた。キメ台詞は「教科書を再発明する」で、壇上に立ったフィル・シラー氏は「新しいiBooksを使えば、デジタル教科書がiPadで読めます」と自慢気だった。

プレゼンの中で、彼はアメリカの小・中・高で使われている紙の教科書の特徴を紹介していた。(画像ソース)

もしあなたが日本の学校にしか通ったことがなければ、腑に落ちない点がふたつあるかと思う。スライド一番上の「教科書はポータブルではない」という点と、スライド一番下の「教科書の内容は素晴らしい」という点だ。

日本の教科書はポータブルだが、万人が「素晴らしい」と言える内容かといえば疑問符がつくだろう。アメリカの教科書は、どうやらその真逆らしい。それぞれ詳しく見ていこう。ちなみに、今回扱うのは小・中・高の教科書で、大学の教科書の話はしない。

疑問点その1: アメリカの教科書はポータブルではない

アメリカの教科書は、小・中・高で使われる教科書でさえ大きくて重い。ぼくは日本の公立小学校を卒業し、アメリカ東海岸の公立中学・高校に進学したのだが、こちらの教科書の大きさには渡米当時に面食らったものだ。

高校のころに使っていた世界史の教科書が手元にあったので、それと日本の新書の大きさを比べるとこんな感じだ。面積は新書約3.5冊分、厚さは新書約4冊分、ページ数は800超もある。もはや百科事典や図鑑のレベルだ 。

重さは1.6キロで13インチのMacbook Proと同じくらい。子供の身体で、数冊をバッグに入れて背負わせるのは酷だ。アメリカの小・中・高の教科書はだいたいこのくらいの大きさなので、アップルが「ポータブルではない」と言うのも分かる。

ではそもそも、どうしてこの大きさになったのだろうか。

結論から言うと、アメリカでは日本に比べ、学校で教える内容が教師や住んでいる地区によって大幅に異なるからだ。多様なニーズを汲み取るため、教科書も肥大化していったのである。

中3数学教師をランダムにふたり選んだら

アメリカの公立学校には約300万人の教師がいる。1 かりに、この300万人をふるいにかけ、中学3年の数学の先生だけを選出したとする。さらにその中から、ふたりの教師・A先生とB先生を無作為に選ぶとしよう。

するとA先生とB先生が教えている「中3数学」の授業内容は、ほとんどの確率で、似ても似つかないものになる。ふたりの授業内容が似たようなものになる確率はゼロに近い。

A先生は虚数を教えていて、B先生はいまだに1次方程式の解き方を教えているような感じだ。また、扱う題材が同じだったとしても、教える順番が違ったり、証明を飛ばしたり飛ばさなかったり、電卓の利用を強制したりしなかったりと、千差万別である。

日本でも、トップ校と底辺校を比べると差はあるだろうし、教師の良し悪しも激しい。だが、日本の公立学校の授業は基本的に、文科省の学習指導要領にそって行われる。よって、日本で同じようにふたりの中3数学教師をランダムに選んだ場合、ふたりの授業内容が似たようなものになる確率は一定以上ある。

それに対して、アメリカには国が定めた学習指導要領は存在しない。地方分権の考えのもと、国は教育の権限の多くを地域の教育行政に丸投げしているのだ。指導内容は州の教育省と教育委員会が大まかな方向性を定め、州に数十~数百ほどある学区がそれぞれ詳細を詰める。日本に比べると、末端の学校や教師にも、カリキュラムや教え方に寛大な裁量が与えられている。

余談だが、「学区」とは市町村とは別の行政単位で、「この地域とこの地域の学校はすべて◯学区に属する」といった感じで決められている。学区の大きさはさまざまで、十校弱しか属さない学区もあれば、数百校以上が属する学区もある。州政府と同じように、教育専門家が集まる役所と、素人で構成されている教育委員会が学区にもある。

最後に補足しておくと、ここ十数年で連邦政府の教育権限は強くなってきているが、日本の文科省の比ではない。コモン・コアと呼ばれる日本の学習指導要領のようなものも2014年につくられたが、教科はいまだ数学と国語だけだ。また、文科省の学習指導要領と違って法的拘束力すらない。

教科書も、州と学区の教育委員会が選ぶ

教育内容は州や学区によってバラバラなので、日本のように国が教科書を検定する制度はアメリカにはない。

また、教育内容をコントロールする州や学区も、教科書を「検定」することはないし、「うちの州/うちの学区にピッタリの教科書でないと許さん」などとも言えない。州や学区によって内容が違いすぎるので、それぞれの特色に合わせて教科書をオーダーメイドしていたら、出版社がコスト過多で潰れてしまう。

したがって、出版社は一つの教科書にこれでもかと内容を詰め込み、どんな州や学区の教育内容にでも対応できるようにする。州や学区の教育委員会はその中から好きな教科書を「採択する」仕組みだ。「作るのは自由、売買は市場で」というわけだ。

出版社にとって、怖いのは州や学区に「おたくの教科書は◯についての言及が少ないですねえ。これではウチは買えません」と言われることである。◯にあたるのは補足的な事項である場合が多い。そのため、出版社は余分に思える内容でも「万が一のため」教科書に盛り込もうとするのだ。

このように、できるだけ多くの州や学区の教育内容に臨機応変に対応できる「万能教科書」を作ることが出版社にとって最適解であるから、アメリカの教科書は分厚くなっていったのである。

ちなみにそれぞれの学校は、属する学区が採択した教科書リストの中から好きなものを選び、学校が選んだ教科書をどのように使用するかは教師がある程度決めることができる。

上に述べたことについて日本語で詳しく知りたい方は、国立教育政策研究所のレポートをご覧頂きたい。

疑問点その2: アメリカの教科書の内容は素晴らしい

アップルのシラー氏はプレゼンで「アメリカの教科書の内容は素晴らしい (Great Content)」と発言した。アップルが自社製品以外で「グレート」と言うものは本当にグレートなものが多く、教科書の内容も例外ではない。

先ほど述べたように、出版社の都合上、アメリカの教科書は補足的な内容が大量に含まれていて、説明も詳しくて丁寧だ。ぶっちゃけた話、授業に出席しなくとも、教科書を読むだけで学びを深めることができるようになっている。内容は退屈かもしれないが、理解に必要な事柄が抜け落ちているケースは少ない。

他方で、日本の教科書の場合、「授業に出席しなくとも、教科書さえ読めば学習内容を深く理解できる」のは、一を聞いて十を知るタイプの人が多いのではないだろうか。この点では池上彰さんの著書に的を得た指摘があるので紹介しよう。

アメリカの教科書は、ものすごく分厚いのですが、わかりやすく内容も豊富で読んでおもしろいものになっています。(中略) どんな先生が教えても、生徒が自分で教科書を読めばわかるようによくできているのです。

一方、日本の教科書が薄いのは、書かれているのが「最低限これだけは必ず教えて」という骨と皮だけだからです。(中略) ただ、薄い教科書では先生の力量によって授業内容が左右されるのもまた事実です。

アメリカの教科書=日本の教科書+参考書

「補足的な内容が多く、説明も詳しくて丁寧」と書いたが、そう聞くと「参考書のこと?」と思う読者も多いかもしれない。まさにその通りである。アメリカの教科書は、日本の教科書と参考書が合体したようなものと考えてもよい。

ただ、決定的に違う点が二点ある。

第一に、アメリカの初等・中等教育での教科書は原則無償なのに対し、日本では生徒が参考書代を負担する。「アメリカの教科書はこんな分厚いのにタダなの?」と思うかもしれない。それにはカラクリがあって、アメリカの教科書は基本レンタル制でコストを抑えているのだ。一つの教科書は5年ほど使いまわされるので、装丁もがっしりしていて余計に重たい。ページに書き込むことも禁止されているので、蛍光ペンを使う学生は日本より少ない。

出版社は、一度契約に失敗すると5年も待たないといけないので、学区や州への営業活動は必死に行う。裏を返すと、いったん契約が取れれば5年は放置できるので、アメリカの教科書の内容が改善される速度は、日本の参考書よりも遅いかもしれない。

第二に、日本の参考書は主に受験用として使われるが、アメリカの教科書が受験用に使われることはあまりない。アメリカでは公立の高校入試が無く、また大学受験はすべてAO入試だからである

唯一、SATとACTといった受験に使われる全米テストがあるが、内容は最大公約数的になっていて、高1レベルの基本的な数学や英語しか問われない。州ごとに教育内容がバラバラなので、全国テストに使える題材には限りがあるのだ。ゆえに、教科書はSATやACTの役には立たず、SATやACT用の参考書が存在するのみである。

なぜ日本はアメリカのように、地方に自由に教科書を採択させる制度を取っていないのか

明治維新と戦後のタイミングで、アメリカの教育システムの一部を日本は輸入した。

江戸時代では寺子屋式、すなわち「個別に手習いを教えるスタイル」が主流だった。だが、それだと生徒間の学力の差が顕著になる。明治維新がもたらした工業化によって、画一的な能力を持った労働者が必要とされる時代に、寺子屋式は見合わなかったのだ。

どんぐりの背くらべのような生徒を生み出すには、欧米で主流の一斉教授式、すなわち「講義によって教えるスタイル」がどうやら良いらしい。そう耳にしたザンギリ頭の役人たちは、アメリカからマリオン・スコット教師を呼び寄せ、米国流の教育方法を日本の教員に叩きこませた。2

また第二次世界大戦後の日本は、「教え子を戦場に送る」原因のひとつとなった教育システムの見直しを迫られた。マッカーサー率いる占領軍の主張は「アメリカの教育を見習え」とのことだった。

このように、日本は明治維新・戦後ともにアメリカの教育を参考にした。

では、なぜそんな日本が現在、アメリカのように地方に自由に教科書を採択させる制度を取っていないのだろうか。明治維新・戦後それぞれのケースを見てみよう。

日本の教科書制度の変化その1・明治維新 (前編)

廃藩置県元年の1871年に文部省が生まれ、フランスを元に学校設立計画が示された。全国に8つの大学と大学区を設け、各大学区に32の中学校と中学区を設け、各中学区に210の小学校を設けるというプランだった。

文部省はこれらの学校のトップに立つ姿勢を示したが、 教育内容を画一化する意図はなかった。むしろ、欧米を参考にして「教育内容は地方に任る」つもりだったのである。

そして、政府は教科書を統制しようともしなかった。地方の教育事情を巡視した文部省の役人は、それぞれの土地事情に適した教科書の使用を薦めていた。3

日本の教科書制度の変化その1・明治維新 (後編)

しかし、自由民権運動が激しさを増し、天皇・政府・軍部がそれを沈めるようになると状況は一転。求心力を失うことを恐れた政府は、教育を介して国民の洗脳を試みた。

1881年、10歳になった文科省は歴史教育を統制し、その5年後の1886年には教科書検定が制定され、文部省のチェックを通らない教科書は使用できなくなった。さらにその5年後の1891年、教育内容のより厳しい規定ができ、軍国主義に向けて道徳教育が強化された。4

それからさらに10年が経った1902年のこと、ついに、民間の教科書に引導が渡された。

当時、検定をパスした教科書は道府県単位で採択が行われていたが、一部の教科書会社は、道府県の採択委員に賄賂を送っていたのだ。これが新聞にすっぱ抜かれ、200人以上が摘発された。これを機と見た政府は「民間が教科書を作ったからこうなったんだ」と主張し、国定教科書の導入に舵を切った。

その2年後の1904年、メイド・イン・ジャパン政府の国定教科書が使われはじめた。その年に開戦された日露戦争にも日本が勝利してしまい、国民は洗脳されホーダイになった。結局、終戦まで国定教科書の流れが変わることはなかった。

話が逸れるが、受験参考書の草分け的存在の「チャート式」シリーズは、国定教科書全盛期の1920年代に生まれた。「チャート」の語義は「図」ではなく「海図」で、「数学は閃きだけではない。難しい問題の解き方も、海図のようにマニュアル化できる」という意味が込められていた。むろん普通の学校で使われることはなかったが、当時は狭き門だった大学進学を目指していた学生たちには、「チャート式」は大人気だったらしい。

もしも時代が違う道を歩んでいて、教科書の自由採択制が破壊されていなかったら、日本の教科書はチャート式のように内容たっぷりなものに進化していたかもしれない。

日本の教科書制度の変化その2・戦後 (前編)

それでは敗戦後、日本の教科書はどうなったのか。

まず、教科書に墨が塗られた。戦後間もないころは新しい教科書を刷る時間が無く、国家主義に関する記述だけ消して戦前の教科書を再利用したのだ。まあ、エコではある。

その後、アメリカ教育使節団が来日し、矢継ぎ早な教育改革を政府に求めた。歴史・国語教育が改められ、社会科の授業が生まれ、PTAが設置され、公選制の教育委員会が発足し、義務教育期間が小学校から中学校まで伸びた。

学習指導要領が作られ、その立ち位置は「試案」とされた。言い換えると、「先生方、生徒にこれを教えるのがオススメです」という、ゆるふわなものだった。

注目の教科書はどうなったか。アメリカは「教科書は民間に委ねよ」と主張したが、日本側は「国定制は無くすが、検定制はキープする」とした。しかし、当時の高橋文相は、教科書は「当分は文部大臣の所掌とするが、いつでもその権限を下級機関に委任する予定である」と話し、地方分権化の意欲を示した。5

文部省自身も「あたらしい憲法のはなし」と題された教科書をつくった。ここでは第六章「戦争の放棄」を一部抜粋しよう。

みなさんの中には、こんどの戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。

そして、戦力の放棄については次のように説明している。

これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。

この教科書からも汲み取れるように、戦後間もないころは、「教育の本来の理想を取り戻そう」という空気があったのではないか。そう思えてならない。

日本の教科書制度の変化その2・戦後 (後編)

しかし、理想を現実にするのが下手なのが日本である。

サンフランシスコ条約が結ばれて政府が主権を取り戻すやいなや、政府の委員会は「教科書検定はそのままにするが、国も標準教科書を作る」「教育委員を公選制から任命制にし、政府がコントロールしやすくする」という考えをまとめた。「アメリカから押し付けられた方式は国情に合わない」との理由で、戦前への逆行を正当化したのだ。むろん、出版社や教師からは大反対が起きた。6

戦後5年も経つと、教育の中央集権化が進んだ。文部大臣が「いつでも(地方に)譲る」とされた教科書検定の権限は恒久的に文部大臣のものになった。さらに戦後10年目には、またもや出版社と教科書検定の贈賄問題が発覚した。

今回はさらに、その騒動が無関係の出版社にも飛び火してしまう。冷戦でアメリカ側につこうとしていた政府は、共産主義を賞賛している風に見える教科書とその出版社をやり玉に挙げて批判したのだ。7

55年体制が成立して「改憲・保守・安保護持・経済最優先」を掲げた自民党が政権を握ると、中央集権化に歯止めがかからなくなった。結果どうなったかを端折って説明すると、教育委員会に対する政府の権限が強まり、教科書検定が一層厳しくなった。

学習指導要領から「試案」の文字が消え、「これを教えるのがオススメ」から「教科書通りに教えなかったら許さん」に変わった。反対していた組合側(日教組)も、勤務評定といった政府の策略によって骨抜きにされていたのだ。

その後も、教科書採択やカリキュラムなどの権限が地方や現場に戻ることはないまま、日本の教育は現代に至る。

「なぜ日本はアメリカのように、地方に自由に教科書を採択させる制度を取っていないのか」の答え

簡潔にまとめると、アメリカのように地方を中心とした教科書のあり方、ひいては教育のあり方が、日本に定着するチャンスは二度あった。しかし両方とも、「都合が悪い」「日本では流行らない」とされ水の泡になったのだ。

勘違いしないでほしいが、ぼくは「中央集権型より地方分権型の教育のほうが、子供や社会にとって良い」と主張しているのではない。国の風土の影響は大きいし、そもそも教育政策の結果を計るのは困難だ。

よく矢面に立たされる学力テストの点数ですら、政策の結果のほんの一部でしかない。たとえばアメリカの学力テストの点数は日本より低いがアメリカの貧困問題と合わせてみると、一概にアメリカの教育が劣っているとは言えないだろう。

とにかく、教育について無知のぼくが理想論を語っても仕方がない。

だが、理想論のかわりに伝えたいことならある。それは、アメリカと日本の教育施策の出発点には隔たりがあり、日本には地方分権型の教育を2度にわたって否定してきた歴史があるということだ。これを理解しない限り、現在アメリカで起きている教育改革から、日本が学ぶことはできないだろう。

アメリカの過去と未来から学ぶには

次章に進む前に、アメリカの教育改革の例をひとつあげよう。

アメリカでは「ITを用いて教育を良くしよう」と考えるベンチャー企業が多い。その内訳を見てみると、弊社の調べによれば、「先生や学校の事務処理をソフトウェアで簡潔化するサービス」は多いが、それと同じくらい「数学や国語のデジタル教材を提供するサービス」も多い。

デジタル教材というと、生徒の習熟度によってドリルの難易度が自動で変わったり、iPadで触れたら反応するようなインタラクティブな教材などのことである。

ではその「数学や国語のデジタル教材を提供するサービス」はどこが買っているのだろうか? これまでの流れから読めるかもしれないが、答えは「公立の学校」である。8

以前は教科書に流れていたマネーが減り、その分がデジタル教材に流れているのだ。1年半ほど前にアマゾンが買収して注目を集めた数学教材ベンチャー・TenMarks社は、まさにこのモデルである。

教師の自由度が高いので、先生がよいと思ったデジタル教材は、先生の独断で授業で使われることも多い。たとえば、Newselaという国語教材ベンチャーは、最新のニュースを「小学校3学年の読解力」「小学校5学年の読解力」などに編集し直して配信している。先生が本文の中に「この修飾語は何を指していますか」などと問題文を埋め込み、生徒にオンライン上で解答を書き込ませることができる。

この手のデジタル教材の場合、先生は無料版を試し、校内の多くの先生に口コミで広まったら学校が有料版を一括購入する流れになっている。

Newselaもいきなり出てきたわけではなくて、ぼくのアメリカ中高時代でも、先生がニュースを教材にするのは日常茶飯事だった。英語や社会の授業で「これに関するニュース記事をググって持って来なさい」とかいう宿題が出たときに限って、プリンターが動かなくなって泣きべそをかいたものだ。

話を戻すと、デジタル教材ベンチャーは、アメリカの教育現場が予算に対して持つ権限と、教材を選ぶ自由度が比較的高いからこそ成り立つ話なのである。数学に例えるなら、アメリカのデジタル教材ベンチャーは、公立校がもとから使っていた教材の「延長線」を歩んでいるのだ。

従来の教材よりデジタル教材のほうが効果的かどうかは、研究結果が少なすぎて一概には言えない。しかし、その検証をはじめるにも先駆者がたくさん必要で、アメリカはその先駆者を支える準備がある、という話をしているのである。

むろん、ビジネスモデルに可能性があるとはいえ、業界を変えるのは簡単な話ではなく、アメリカのデジタル教材ベンチャーはたいへんな苦労をしている。アメリカですらこんなに苦労をしているのだから、教科書検定制度や学習指導要領がある日本で同じことをやろうとしても、私立校・実験校・学習塾を超えてスケールするのは難しいだろう。

会社の数だけでみれば、デジタル教材ベンチャーはアメリカの教育×ITベンチャーエコシステムの約3分の1を占めている。かれらが失速すれば、他の教育×ITベンチャーたちも勢いを失うだろう。デジタル教材ベンチャーの繁栄無しに、教育×ITの成功は語れない。

だが、こうした背景を理解せず、たまに日本からやってきて、「アメリカでイケてる教育ベンチャーのビジネスモデルを日本に持って行きたいので、話を聞きたい」とぼくを訪ねて下さる方は結構いる。そういう人たちと会うたびにご飯を奢ってもらっているので、ぼくの胃袋は満足しているが、この記事でしたような話を毎度するのは食傷気味になってきた。

ぼくは現代日本の教育事情には疎い。だが、ベンチャーにはエコシステムが必要で、教育×ITベンチャーの生態系が成り立つ前提条件が、いまの日本には整っていない気がする。日本では教育以外のベンチャーも生態系を作るのに苦労しているなかで、教育ベンチャーが生態系を作るとなると、やはり公教育に切り込めないと厳しい。少子化という懸念もある。

公教育を除けば、日本の受験産業のパイは大きいので、ベンチャーが食いつなぐ余地はあるかもしれない。だが、そこにアメリカ式のモデルをタイムマシン経営しようと持ってきても、「国情に合わないから」と否定され、歴史が繰り返されるのは目に見えている。数学に例えるなら、答えに繋がらない補助線を引き続けるようなものだ。

もちろん、ぼくが正しいかどうかを確かめるには、日本の教育史や教育現場を学ぶ必要があるのは勿論ながら、アメリカの教育史や教育現場について学ぶことも欠かせない。というわけで次回の記事では、アメリカの教育史について深掘りしてみたい。

トリビア満載、いやトリビア以外の何物でもない記事を読んでいただき、ありがとうございました。

後日談

2015年11月2日に、アメリカの教育史について新しい記事を書きました。よろしければご覧ください。


脚注

  1. 日本は約90万人。
  2. 山住正己「日本教育小史」pp.31
  3. 〃 pp.28
  4. 〃 pp.41,42,61
  5. 〃 pp.165-166
  6. 〃 pp.189-190
  7. 〃 pp.206-207
  8. 厳密に言うと、学区が傘下の学校すべてに一括で購入する場合が多い。