上杉周作

シリコンバレーの教育ベンチャー・EdSurgeは、エドテックの「選択肢が多すぎ」問題を解決できるのか

この記事は、プログラミング教育について語るブログ「senseicode」に書いた記事の転載です。そして以下の記事の続編です。

学校の先生方へ

前々回の記事では、アメリカの教育×IT(エドテック)業界における「選択肢が多すぎ」問題をとりあげました。

エドテックが流行ると教育向けアプリやサービスが大量に生まれますが、それは「選択肢が多すぎ」問題を引き起こします。「(エドテックの)選択が難しいと感じ、無力感にさいなまれる」「選んだ選択肢に不安を持ってしまう」「上がった期待値に届かずがっかりする」「選択に失敗した場合、自分自身を責める」など、選択肢が多いことの負の面が表面化してしまうのです。

そして教育においては、選択に失敗したときのコストが大きいため、これらの負の面が他の分野より目立ちます。ゆえに懐疑派が「やっぱり教育にテクノロジーは合わない」という結論にたどり着くのです。

そして前回の記事では、教育×ITにおける「選択肢多すぎ問題」を、アダプティブラーニング教材の多様さを題材に説明しました。

アメリカの教育現場で使われているアダプティブラーニングのアプリ・サービスは現在なんと24種類もあります(2016年2月)。

(中略)アメリカでは公教育の教育現場でエドテックが使われていますが、アダプティブラーニングでもこれだけ種類があると、教材を購入する学校側が「選択肢が多すぎ」問題に悩まされてしまいます。

前回の記事では、「第三者によるエドテックアプリやサービスの比較」が充実すれば選択の痛みはいくらか和らぐと書きました。しかし、それでも「選択肢が多すぎ」問題の根本的な解決にはなりません。というわけで今回は、別の角度から「選択肢が多すぎ」問題の解決法を考えてみたいと思います。

シリコンバレーの教育ベンチャー・EdSurge

ぼくが2012年秋から働いているシリコンバレーの教育ベンチャー・EdSurge社(読み方は「エドサージ」)は、このエドテックの「選択肢多すぎ」問題を「根本的に」解決すべく動いています。

EdSurge社員(2016年春撮影)。数名欠席。左下の緑の服がぼく。

EdSurgeは「エドテックのネットメディアベンチャー」としてアメリカの教育業界では広く知られています。メディア事業以外にも、エドテックの大規模なカンファレンスを開いたり、エドテックの求人情報を掲載したり、前回の記事で取り上げたようなエドテックの市場調査を行っています。シリコンバレーの投資家から約6億円の資金も調達しています

EdSurgeのサイト

ニュース・イベント・求人・市場調査というと完全にメディア企業ですが、われわれは新規事業を通じてメディア企業からの脱皮を図り、ベンチャーとして大成したいと考えています。どんな企業に変身したいかは後述しますが、この新規事業はエドテックの「選択肢多すぎ」問題を解決しようとするものです。どんな事業か、なるべくわかりやすく説明します。

EdSurgeコンシェルジュ

この事業の名は「EdSurgeコンシェルジュ」と言います。ひとことで説明すると、「エドテックを導入したい学校側と、エドテックを売りたい企業側の『お見合い』サービス」です。よくある婚活コンシェルジュサービスと似たようなものです。

EdSurgeコンシェルジュのサイトはこちらから見れます

公教育の現場の役職

EdSurgeコンシェルジュの「ご利用の流れ」を書く前に、アメリカの公教育の現場における「役職」の話をさせてください。

アメリカでは文科省ほど「お上からの指示」が強くなく、「学習指導要領」的なものも日本に比べたら緩いので、教育内容や教育予算の分配を決める権限がより現場に近いところへと委譲されています(参考記事:アメリカの教科書はなぜ重たいのか)。

するとどうなるかというと、学校のテクノロジー化が進むにつれ、「デジタル学習の責任者」などの役職を持つ人が学校単位、または学区(教育の広域行政区)単位にできるわけです。それぞれの学校・学区が切磋琢磨し合ってテクノロジー化が進められるため、それを率いる人材のためのポストが設けられるのです。

ためしにぼくが卒業した中学・高校がある、ワシントンDC近郊の学区・Montgomery County Public Schoolsには以下のような役職があります。これは私立ではなく、アメリカに1万3000ほどある「公立」の教育行政区にある役職名です。

アメリカの多くの学区それぞれにこのようなエドテック関連のポストがあり、役割も明確に記されています。また、学区単位でなくとも、チャータースクール(公共の財源で賄われる私営の実験校)では学校単位でエドテックの役職があったりします。ふつうの公立校でも、校長やそれに近い立場の人はエドテックのアプリやサービスを購入する予算を持っていたりします。

「CTO(最高技術責任者)」は日本でもITベンチャー企業などでおなじみの役職ですが、日本のITベンチャーで働く方々に「アメリカの公立学区にもCTOはいる」と言うとよく驚かれます。10年前のデータですが、アメリカの全公立学区の5割にフルタイム勤務のCTOがいるそうです。

余談ですが、アメリカ政府にも「CTO」はいます。現在アメリカ政府のCTOを務めているのはミーガン・スミスさん(画像元)。元Google副社長です。

ミーガン・スミス|MEGAN SMITH

米国政府CTO(最高技術責任者)。マサチューセッツ工科大学にて機械工学の修士号を取得後、アップルやジェネラル・マジック社を経て、2003年にグーグルに入社。2012年より同社の次世代技術開発を担うプロジェクト「Google X」のヴァイス・プレジデントを務める。2014年9月、ホワイトハウスの3代目CTOに抜擢された。

EdSurgeコンシェルジュ利用の流れ・ステップ1. 学校・学区のエドテックにおける意思決定者が、学校・学区で起きている問題を考える

話を戻しましょう。なぜ役職の話をしたかというと、EdSurgeコンシェルジュに登録してくださる学校関係者の方々は、上記のような「学校・学区のエドテック意思決定者」がほとんどだからです。そのような方々は、学校や学区にどんな課題があるかという報告を現場から吸い上げ、それらをエドテックで解決できないか日々考えています。

ステップ2. EdSurgeコンシェルジュのサイトから無料相談フォームを出す

EdSurgeのメディア・イベント・PRなどを通じてEdSurgeコンシェルジュのことを知ったエドテック責任者の方は、われわれのサイト上で相談フォームを提出します。

ステップ3. EdSurgeコンシェルジュの担当員と電話し、追加質問に答えてもらう

ステップ2の相談フォームで解答していただいた質問に加え、教育現場とエドテックに詳しいEdSurgeのコンサルタントが電話口で直接、エドテック責任者の方に以下のような追加質問をします。できるだけ詳細な情報を集めるよう心がけています。まさに婚活コンサルタントみたいですよね。

ちなみに、学校側にはコンシェルジュの使用料金は一切発生しません。お金は企業側が払う仕組みになっています。

ステップ4. 要件に合いそうなエドテックアプリ・サービスのセールス担当者に「入札しませんか」とメールを送る

情報が集まったら、それをもとにEdSurgeのコンサルタントが要件定義を作ります。そして、われわれがエドテック責任者が抱えている課題を解決できそうなアプリ・サービスを5~15社選定します。EdSurgeはエドテックの市場調査も行っているため、どのようなエドテックアプリ・サービスが、どのような教育の課題に適しているかを判別するノウハウが社内にあるのです。

選定後、それぞれの企業のセールス担当者に直接メールで入札を促します。

このタイミングで企業は入札費をわれわれに払います。ちなみに、企業側には学校・学区を特定できる情報は一切送りません。でなければ、企業が直接学校・学区とコンタクトを取ってしまい、EdSurgeが仲介できなくなるからです。

ステップ5. 「うちのアプリ・サービスなら、あなたの学区の課題はこう解決できる」と企業が提案書を作る

入札を決めた企業はそれぞれ、「うちのアプリ・サービスなら、あなたの学区の課題はこう解決できる」という提案書をEdSurgeに提出します。お見合いのように、どの企業も「私(のサービス)はあなた(の学区)にピッタリです」とアピールするわけです。

ステップ6. エドテック担当者とEdSurgeのコンサルタントが全ての提案書を精査し、最もニーズに合いそうなサービスを選ぶ

全ての企業が提案書を提出したら、学区のエドテック担当者とEdSurgeのコンサルタントが再度電話し、最も学区に合いそうなエドテックサービスを二人で選びます。選ばれなかった企業には「なぜお眼鏡にかなわなかったか」という理由を、お祈りメールと一緒に後に企業側に送ります。

ステップ7. サービスと学区をつなげ、サービス側はEdSurgeに売上の一部を支払う

ここで、学区を特定できる情報と、エドテック担当者の連絡先が選ばれたサービス側にわたります。「あとは若いおふたりで」というわけです。契約が決まったら、売上の一部を弊社が頂きます。

おわりに

EdSurgeコンシェルジュの概要は以上です。何度も繰り返すうちにエドテックの購買にまつわるノウハウとデータがEdSurgeに集まり、学校側と企業側にとって役にたつ情報が増えていき、コンシェルジュサービスの質が高まるというわけです。

EdSurgeコンシェルジュは、エドテックにおける「選択肢が多すぎ」問題の全ては解決できませんが、選択の痛みをEdSurgeが肩代わりすることはできます。また、判断基準となる提案書も学区それぞれに向けて書かれるので、従来のサービス側の「潜在顧客全員に向けて書かれた、歯の浮くような売り文句」とは一線を画します。

将来的には、「エドテックを売買したかったら、まずEdSurgeを頼ろう」と言われるようになるまで、われわれは日々邁進しています。

ちなみに、ぼくはEdSurgeではリードエンジニアとして働いていて、このコンシェルジュサービスの一部を自動化する社内システムの開発も率いました。弊社のコンサルタントが手動でやらないといけない作業も多いですが、自動化できるところは自動化することにより、ベンチャーで社員が少なくとも多くの案件をさばけるようになっています。

ぼくが開発を率いた、コンシェルジュのオペレーションを効率化する社内システム。エンジニアの方へ:社内システムのフロントエンドはReactとRedux、バックエンドはRailsとElixirで書いています。

また、「EdSurgeはエドテックのメディアもやっているらしいが、コンシェルジュで収益を得るのはジャーナリズムの中立的観点からみてどうなの?」という質問もたまに頂きますが、ご安心を。社内のマネタイズ部門とジャーナリズム部門は独立していて、利害の対立が起きない運営手法をとっています。

「EdSurgeのことをもっと知りたい」という方は、一年前に書いた「EdSurgeとはどんな会社か?とある教育メディアがシリコンバレーで生まれた話」という記事をご覧ください。

読んでいただきありがとうございました。