上杉周作

太宰治「パンドラの匣」

すてきなひとから、すてきな本を紹介してもらったので。(Amazonリンク)

太宰治 パンドラの匣

太宰治は「走れメロス」くらいしか知らないし、小説をまったく読まないぼくだけれど、「パンドラの匣」は楽しく読めた。残しておきたい文もいくつかあったので、ここに載せておく。

明るい話

太宰治の本は暗いと聞いていて、また「結核を患った主人公が山腹の『健康道場』で療養を始める」というあらすじを読んでいたので、どんな悲劇が待っているのやらと思いきや、ぜんぜん違った。読み終わるまでに何度吹き出したか分からない。

たとえば、看護師の女性のあだ名の話。

しかし、また塾生のほうだって負けずに、助手さんたち全部を綽名で呼んでいるのだから、まあ、アイコみたいなものだ。けれども、塾生たちの案出した綽名は、そこは何といっても、やっぱり女性に対するいたわりもあるらしく、いくぶんお手やわらかに出来ている。三浦正子だから、マア坊。なんという事もない。竹中静子だから、竹さん、なんてのはもっとも気がきかない。平凡きわまる。また、眼鏡をかけている助手さんは、出目金とでもいうようなところなのに、遠慮して、キントト。せているから、うるめ。淋しそうな顔をしているから、ハイチャイ。このへんは、まあ、いいほうかも知れないが、どうも少し遠慮している。ひどく、ぶ器量なくせに、パーマネントも物凄く、眼蓋を赤く塗ったりして奇怪な厚化粧をしているから、孔雀。

不覚にも「孔雀」で腹筋が限界に達した。

ちなみに、この「孔雀」さんは名前だけ登場するキャラかなと思っていたら、後半に予期せぬ形で登場し、しかも「化粧」が最後の最後で「意識高い系」を比喩する表現として使われていたのには、一本取られた。

また、男たちのやりとりも面白い。ひょうきん者の「かっぽれ」が口喧嘩で負けそうになり、長老級の「越後獅子」に助けを求めるシーン。

かっぽれは、くるりと越後獅子のほうに向き直って、越後獅子に抱きついた。そうして越後獅子の懐に顔を押し込むようにして、うわっ、うわっ、と声を一つずつ区切って泣出した。廊下には、他の部屋の塾生たちが、五、六人まごついて、こちらの様子をうかがっている。

「見ては、いけない。」と越後獅子は、その廊下の塾生たちに向って呶鳴った。そこまでは立派であったが、それから少しまずかった。「喧嘩ではないぞ! 単なる、単なる、ううむ、単なる、単なる、ううむ。」と唸って、とほうに暮れたように、僕のほうをちらと見た。

「お芝居。」と僕は小声で言った。

「単なる、」と越後は元気を恢復して、「芝居の作用だ。」と叫んだ。

芝居の作用とは、どういう意味か解しかねるが、僕のような若輩から教えられた事をそのまま言うのは、沽券にかかわると思って、とっさのうちに芝居の作用という珍奇な言葉を案出して叫んだのではないかと思われる。おとなというものは、いつも、こんな具合いに無理をして生きているのかも知れない。

越後獅子も、最後の最後で正体が発覚するのだけれど、かれの正体を知ったうえで読み直すとまた面白い。

意識高い系の話

「パンドラの匣」は戦後直後の話で、やはり意識の高い文章もいくつかあった。たとえば、となりの病棟の結核患者が亡くなったとき、主人公は「死はよいものだ」と、友人に宛てた手紙を書いた。

けれども、君、思い違いしてはいけない。僕は死をよいものだと思った、とは言っても、決してひとの命を安く見ていい加減に取扱っているのでも無いし、また、あのセンチメンタルで無気力な、「死の讃美者」とやらでもないんだ。僕たちは、死と紙一枚の隣合せに住んでいるので、もはや死に就いておどろかなくなっているだけだ。この一点を、どうか忘れずにいてくれ給え。僕のこれまでの手紙を見て、君はきっと、この日本の悲憤と反省と憂鬱の時期に、僕の周囲の空気だけが、あまりにのんきで明るすぎる事を、不謹慎のように感じたに違いない。それは無理もない事だ。しかし、僕だって阿呆ではない。朝から晩まで、ただ、げたげた笑って暮しているわけではない。それは、あたり前の事だ。毎夜、八時半の報告の時間には、さまざまのニュウスを聞かされる。黙って毛布をかぶって寝ても、眠られない夜がある。しかし僕は、いまはそんなわかり切った事はいっさい君に語りたくないのだ。僕たちは結核患者だ。今夜にも急に喀血して、鳴沢さんのようになるかも知れない人たちばかりなのだ。僕たちの笑いは、あのパンドラの匣の片隅にころがっていた小さな石から発しているのだ。死と隣合せに生活している人には、生死の問題よりも、一輪の花の微笑が身に沁みる。僕たちはいま、謂わば幽かな花の香にさそわれて、何だかわからぬ大きな船に乗せられ、そうして天の潮路のまにまに身をゆだねて進んでいるのだ。この所謂天意の船が、どのような島に到達するのか、それは僕も知らない。けれども、僕たちはこの航海を信じなければならぬ。死ぬのか生きるのか、それはもう人間の幸不幸を決する鍵では無いような気さえして来たのだ。死者は完成せられ、生者は出帆の船のデッキに立ってそれに手を合せる。船はするする岸壁から離れる。

「死はよいものだ。」

それはもう熟練の航海者の余裕にも似ていないか。新しい男には、死生に関する感傷は無いんだ。

そして友人は、こう答えた。

いまの青年は誰でも死と隣り合せの生活をして来ました。敢えて、結核患者に限りませぬ。もう僕たちの命は、或るお方にささげてしまっていたのです。僕たちのものではありませぬ。それゆえ、僕たちは、その所謂天意の船に、何の躊躇も無く気軽に身をゆだねる事が出来るのです。これは新しい世紀の新しい勇気の形式です。船は、板一まい下は地獄と昔からきまっていますが、しかし、僕たちには不思議にそれが気にならない。

それにたいし、主人公はこう言う。

僕たちのこんな感想を、幼い強がりとか、或いは絶望の果のヤケクソとしか理解できない古い時代の人たちは、気の毒なものだ。古い時代と、新しい時代と、その二つの時代の感情を共に明瞭に理解する事のできる人は、まれなのではあるまいか。僕たちは命を、羽のように軽いものだと思っている。けれどもそれは命を粗末にしているという意味ではなくて、僕たちは命を羽のように軽いものとして愛しているという事だ。そうしてその羽毛は、なかなか遠くへ素早く飛ぶ。本当に、いま、愛国思想がどうの、戦争の責任がどうのこうのと、おとなたちが、きまりきったような議論をやたらに大声挙げて続けているうちに、僕たちは、その人たちを置き去りにして、さっさと尊いお方の直接のお言葉のままに出帆する。新しい日本の特徴は、そんなところにあるような気さえする。

また、作品では戦後の「自由思想」についての言及もある。さきほどの「越後獅子」の言葉である。長くなるが、太宰治はすごいと思った。

「自由思想の内容は、その時、その時で全く違うものだと言っていいだろう。真理を追及して闘った天才たちは、ことごとく自由思想家だと言える。わしなんかは、自由思想の本家本元は、キリストだとさえ考えている。思い煩うな、空飛ぶ鳥を見よ、播かず、刈らず、蔵に収めず、なんてのは素晴らしい自由思想じゃないか。わしは西洋の思想は、すべてキリストの精神を基底にして、或いはそれを敷衍し、或いはそれを卑近にし、或いはそれを懐疑し、人さまざまの諸説があっても結局、聖書一巻にむすびついていると思う。科学でさえ、それと無関係ではないのだ。科学の基礎をなすものは、物理界に於いても、化学界に於いても、すべて仮説だ。肉眼で見とどける事の出来ない仮説から出発している。この仮説を信仰するところから、すべての科学が発生するのだ。日本人は、西洋の哲学、科学を研究するよりさきに、まず聖書一巻の研究をしなければならぬ筈だったのだ。わしは別に、クリスチャンではないが、しかし日本が聖書の研究もせずに、ただやたらに西洋文明の表面だけを勉強したところに、日本の大敗北の真因があったと思う。自由思想でも何でも、キリストの精神を知らなくては、半分も理解できない。」

(中略) 「それからまた、自由思想の内容は、時々刻々に変るという例にこんなのがある。」と越後獅子は、その夜は、ばかに雄弁だった。どこやら崇高な、隠者とでもいうような趣きさえあった。実際、かなりの人物なのかも知れない。からださえ丈夫なら、いまごろは国家のためにも相当重要な仕事が出来る人なのかも知れないと僕はひそかに考えた。「むかし支那に、ひとりの自由思想家があって、時の政権に反対して憤然、山奥へ隠れた。時われに利あらずというわけだ。そうして彼は、それを自身の敗北だとは気がつかなかった。彼には一ふりの名刀がある。時来らば、この名刀でもって政敵を刺さん、とかなりの自信さえ持って山に隠れていた。十年経って、世の中が変った。時来れりと山から降りて、人々に彼の自由思想を説いたが、それはもう陳腐な便乗思想だけのものでしか無かった。彼は最後に名刀を抜いて民衆に自身の意気を示さんとした。かなしい哉、すでに錆びていたという話がある。十年一日の如き、不変の政治思想などは迷夢に過ぎないという意味だ。日本の明治以来の自由思想も、はじめは幕府に反抗し、それから藩閥を糾弾し、次に官僚を攻撃している。君子は豹変するという孔子の言葉も、こんなところを言っているのではないかと思う。支那に於いて、君子というのは、日本に於ける酒も煙草もやらぬ堅人などを指さしていうのと違って、六芸に通じた天才を意味しているらしい。天才的な手腕家といってもいいだろう。これが、やはり豹変するのだ。美しい変化を示すのだ。醜い裏切りとは違う。キリストも、いっさい誓うな、と言っている。明日の事を思うな、とも言っている。実に、自由思想家の大先輩ではないか。狐には穴あり、鳥には巣あり、されど人の子には枕するところ無し、とはまた、自由思想家の嘆きといっていいだろう。一日も安住をゆるされない。その主張は、日々にあらたに、また日にあらたでなければならぬ。日本に於いて今さら昨日の軍閥官僚を攻撃したって、それはもう自由思想ではない。便乗思想である。」

最後に、友人が主人公を見舞いにきたときの話。「男の子って〜」からの部分が、ものすごく共感できたので。

笑いながら部屋を出て、階段を上って、そのころから僕たちは、急に固くなって、やたらに天下国家を論じ合ったのは、あれは、どういうわけなんだろう。尊いお方に僕たちの命はすでにおあずけしてあるのだし、僕たちは御言いつけのままに軽くどこへでも飛んで行く覚悟はちゃんと出来ていて、もう論じ合う事柄も何もない筈なのに、それでも互いに興奮して、所謂新日本再建の微衷を吐露し合ったが、男の子って、どんな親しい間柄でも、久し振りで逢った時には、あんな具合いに互いに高邁の事を述べ合って、自分の進歩を相手にみとめさせたい焦躁にかられるものなのかも知れないね。

クリエイティブ系の話

さきほどの「かっぽれ」が、療養所内の文芸コンテスト的なものに、看護師が書いた俳句を(合意のもと)自分の名前で提出しようとしていた話も面白い。「かっぽれ」はその前に小林一茶の俳句を丸パクリして提出しようとしていたので、主人公は呆れていたが、話を聞くにつれ考えをあらため、こう書いている。

僕は微笑した。

これこそは僕にとって、所謂「こんにちの新しい発明」であった。この人たちには、作者の名なんて、どうでもいいんだ。みんなで力を合せて作ったもののような気がしているのだ。そうして、みんなで一日を楽しみ合う事が出来たら、それでいいのだ。芸術と民衆との関係は、元来そんなものだったのではなかろうか。ベートーヴェンに限るの、リストは二流だのと、所謂その道の「通人」たちが口角泡をとばして議論している間に、民衆たちは、その議論を置き去りにして、さっさとめいめいの好むところの曲目に耳を澄まして楽しんでいるのではあるまいか。あの人たちには、作者なんて、てんで有り難くないんだ。一茶が作っても、かっぽれが作っても、マア坊が作っても、その句が面白くなけりゃ、無関心なのだ。社交上のエチケットだとか、または、趣味の向上だなんて事のために無理に芸術の「勉強」をしやしないのだ。自分の心にふれた作品だけを自分流儀で覚えて置くのだ。それだけなんだ。僕は芸術と民衆との関係に就いて、ただいま事新しく教えられたような気がした。

そして、主人公がとあるリタイアした詩人に「詩を書いて下さい」と頼むシーン。戦後の芸術に求められていたのはこんなことなのかなあ、と思った。

書いて下さい。本当に、どうか、僕たちのためにも書いて下さい。先生の詩のように軽くて清潔な詩を、いま、僕たちが一ばん読みたいんです。僕にはよくわかりませんけど、たとえば、モオツァルトの音楽みたいに、軽快で、そうして気高く澄んでいる芸術を僕たちは、いま、求めているんです。へんに大袈裟な身振りのものや、深刻めかしたものは、もう古くて、わかり切っているのです。焼跡の隅のわずかな青草でも美しく歌ってくれる詩人がいないものでしょうか。現実から逃げようとしているのではありません。苦しさは、もうわかり切っているのです。僕たちはもう、なんでも平気でやるつもりです。逃げやしません。命をおあずけ申しているのです。身軽なものです。そんな僕たちの気持にぴったり逢うような、素早く走る清流のタッチを持った芸術だけが、いま、ほんもののような気がするのです。いのちも要らず、名も要らずというやつです。そうでなければ、この難局を乗り切る事が絶対に出来ないと思います。空飛ぶ鳥を見よ、です。主義なんて問題じゃないんです。そんなものでごまかそうたって、駄目です。タッチだけで、そのひとの純粋度がわかります。問題は、タッチです。音律です。それが気高く澄んでいないのは、みんな、にせものなんです。

もうひとつの本: 「正義と微笑」

ついでにもう一冊、太宰治の「正義と微笑」を読んだ。こちらも哲学的で、ハッピーエンドで、主人公とお兄さんの掛け合いが最高に良かった。題名通り微笑ましい話だった。

この本からひとつだけ書き残すとすれば、俳優志望の主人公が有名な劇団を受けたときの話だろう。その劇団「春秋座」ではまず、筆記試験があった。

僕たちは中央の大きいテエブルのまわりに坐って、その美しい青年から原稿用紙を三枚ずつ貰い、筆記にとりかかった。何を書いてもいい、というのである。感想でも、日記でも、詩でも、なんでもいい、但し、多少でも春秋座と関係のある事を書いて下さい、ハイネの恋愛詩などを、いまふっと思い出してそのまんまお書きになっては困ります、時間は三十分、原稿用紙一枚以上二枚以内でまとめて下さい、という事であった。

僕は自己紹介から書きはじめて、春秋座の「雁」を見て感じた事を率直に書いた。きっちり二枚になった。

その後、朗読試験があり、ゲーテのファウストを朗読した主人公に、面接官は次の質問を出した。筆記試験で書いた文章を読み上げろ、というのだ。

「ただいま向うでお書きになった答案を、ここで読みあげて下さい。」

「答案? これですか?」僕はどぎまぎした。

「ええ。」笑っている。

これには、ちょっと閉口だった。でも春秋座の人たちも、なかなか頭がいいと思った。これなら、あとで答案をいちいち調べる手数もはぶけるし、時間の経済にもなるし、くだらない事を書いてあった場合には朗読も、しどろもどろになって、その文章の欠点も、いよいよハッキリして来るであろうし、これには一本、やられた形だった。

プログラマーの面接官をやっていたぼくから見ても、これは面白いなと思った。他の分野の面接でも使えるアイデアかもしれない。

というわけで

つぎは「人間失格」や「斜陽」などの有名作品を読もうと思う。紹介してくれたあなた、ありがとう!