上杉周作

ビジネス・イン・ジャパン

この記事はPatrick McKenzieさんが2014年11月7日に投稿されたDoing Business in Japanという記事の和訳である。世界的なギークコミュニティーのHacker Newsでは異例の800ポイント以上を獲得したが、はてブを見る限り日本では殆ど読まれていないようなので、日本語の練習がてら翻訳することにした。むろんPatrickさんの承諾は得ているし、彼は日本語も堪能なので、一通り拙訳にも目を通してもらった。

Patrick McKenzieさん (Twitter: @patio11)はアメリカ出身、日本在住歴10年(岐阜→東京)のエンジニアである。著名なブロガーでもあり、現在は独立して日本国外向けにソフトウェアビジネスをしている彼は、ぼくにとって雲の上の存在だ。

あらかじめ断っておくが、原文は約1万700単語と長い。ネイティブが読んでも平均45分ほどかかる超大作である。日本語圏よりも幅広い読者がいる英語圏では、1万単語以上の無料記事がインテリ層を中心にバズることも少なくない(例: Longreads.com)。訳文は2万8000文字、原稿用紙70枚ほどになった。日本のネット界でこの長さの記事は稀だろうが、「記事ではなく、無料の電子書籍」と思って読んでくれると嬉しい。

日本のビジネス慣習を海外に紹介している記事なので、「忙しいから、日本人なら誰でも知ってることをわざわざ読みたくない」と思う気持ちも分かる。あえて余計なことを言うと、この記事のポイントの一つは「日本人は多忙である」なのだが、それが「忙しくて読めない」と重なってメタ的に面白い。

ちなみに訳者はシリコンバレー在住・26歳の見習いエンジニアである (注: 2014年11月当時)。12歳からずっとアメリカに住んでいるので、国語の授業は小学校6年までしか受けておらず、また日本で働いたこともない。


ビジネス・イン・ジャパン

10年も日本に住んでいると、日本式の仕事のやり方について、よく国外の人から聞かれたりする。質問がくるのはだいたい、日本のベンチャー業界に興味がある人や、日本に進出したいソフトウェア企業の人、そして単純に日本に興味がある人たちからだ。この話題は以前ポッドキャストで取り上げたのだが、今回は文章にまとめてみることにした。

注: これから書くことの多くは、ぼくの経験則に基づくものである。

軽く自己紹介しておくと、ぼくは白人のアメリカ人男性だ(後にこれに関した話がある)。大学を卒業した2004年に日本に渡り、仕事人生のすべてを日本で過ごしてきた。いかにも日本的な大手企業2社(ひとつは公益法人、ひとつは巨大企業)で働き、2010年に独立した。日本人による日本のベンチャーとも、外国人による日本のベンチャーとも仕事をしたことがある。

日本語も、一通りのことはこなせるようになった。

注2: 日本は大きな国で、様々な考えを持った人がいる。アメリカを一括りにできないように、日本を一括りにして語らないよう心がけているつもりだ。他文化について言及するとき、書き手がいちばん犯しやすい間違いは、その文化をむやみに単純化してしまうことだ。ちなみに、そんな間違いとは無縁の文章を読みたければ、絶版ではあるがMaking Common Sense of Japanという本をおすすめする (訳註: 著者は中央大学教授)。

とはいえ、読み物として面白くするために、大雑把な表現や誇張を少なからず盛り込んでしまうかもしれないが、悪しからず。

会社とは父であり、母である

現代のジャパニーズライフを語る上で、企業とサラリーマンの主従関係は外せない項目だ。これを理解すれば、あなたが日本に抱く疑問の多くが腑に落ちるだろう。たとえば「日本のベンチャーはなぜ人手不足なのか」という疑問の答えも、サラリーマン論からの演繹で説明できる(これも後ほど語る)。

和製英語であるサラリーマン、より正確にいうと正社員とは、アメリカでいうW-2社員のことである。全労働力のおよそ3分の1ほどしかないサラリーマンだが、日本社会への影響は大きい。

サラリーマン(ちなみに、ほとんどがman=男性である)の多くは、大学卒業と同時に企業に雇われ、定年退職するまでその会社か子会社で働く。

もちろん日本企業には、サラリーマン以外の社員もいる。自由に解雇できる派遣社員もいる。一般職、いわゆる英語圏ではピンクカラージョブと呼ばれるような仕事に就き、いつかは辞めて結婚や子育てをすることを前提に入社する女性もいる。だが、日本を牽引する民間企業の血液となっているのは、やはりサラリーマンである。(ちなみに大雑把に言うと、日本の経済は約3分の1が公的機関、約3分の1がレストランなど低生産性のローカル業、約3分の1が人々に馴染みのある大企業に占められている。ぼくがいうサラリーマンの主戦場は大企業であり、あなたが知りたいのも、この大企業についてだろう。)

企業とサラリーマンの主従関係は、「会社に身も魂も捧げる代わりに、この世の全てのリスクから自分を守ってもらう」といったものだ。

まず会社は、社員に次のような約束を交わさせる。 いかなる状況下においても会社での義務を優先すること。会社のために死ぬほど働くこと。週に90時間以上働かされても「おかしいのでは?」と疑わないこと。3年間、海外支社に飛ばされて家族と離れ離れになれと言われても、たとえその命令が明日下ったとしても、「もちろん行きます。フライトは何時ですか?」と答えること。さもなくば、出世コースから外れることを覚悟すること。

君は会社が決めた規格通りの人間になるが、もちろんそれも笑顔で受け入れること。仮に、会社がJavaのコードを書ける人間を必要としていて、君が大学で美術史を学んでいたとしよう。全くもってノープロブレム。君というバグを「直せば」いいだけの話だ。何だって?「10年かかるかもしれないし、4人に3人が脱落するかもしれない」だと?何のためにわれわれが百人も一括採用し、45年間も雇用してやると思っているんだ。(ちなみに、XML言語やソフトウェア構築を学ぶのに挫折した美術史の子はどうなるかって?他の社員と同じ年功序列のレールには乗るものの、プログラミング系のタスクは彼らを迂回し続けるだろう。いずれ彼らは6時間におよぶ開発会議の進行役になったり、エクセル表の量産機になったりする。)

そのかわりに会社は、社員に次のような約束をする。 会社は君に「生き方」と「生きる意味」を提供する。文字通りにも比喩的にも、君は会社の服を着て生きてゆく。いたるところで、君はわが社の社員であることを誇りに思うだろう。一億総中流の一家族として生きるには申し分ないくらい、充実した福利厚生も提供する。お子さんも良い学校に通わせてあげられるだろう(お受験に合格すればの話だが)。君の奥さんにも、毎年ハワイで女子会をさせてあげられるだろう。

君は、まあそのハワイ旅行には同伴できないだろう。長期休暇なんてものを取って同僚を見捨てるわけにはいかないからだ。規約上は年に12日から18日間の有給休暇があるが、サラリーマンが取るのはせいぜい年に5日で、しかも1日ごとだ。ただ、会社としては君に幸せでいてほしいので、ハネムーンなら2日、親が亡くなったら2日、そして奥さんが亡くなったら1日の休暇を相場としている。会社は太っ腹なので、土曜も休んでいい。これで最大4連休。祝日とコンボを決めれば5連休だ。

土曜出勤を義務付けない会社も無いわけではないが、絶滅の危機に瀕している。より現実的なのは「月に2日は土曜が休める!」か「やった、日曜は全部休める!」というパターンだ。土曜が休みと決まっていても、プロジェクトが長引けば、土曜であろうと出勤しなければいけない。もちろん日曜もだ。

サラリーマンは膨大な残業をこなすが、そのほとんどは自分の評価を上げるためで、多くの仕事を終わらせるためではない。会社によっては残業代が支払われることもあるが、いわゆる「サービス残業」にカウントされることもある。和製英語の「サービス」とは、「自身の評価を上げるために無償で何かを行うこと」という意味である。レストランの常連になればデザートを「サービス」で出してもらえる。週6日、毎日8時間残業し、それを15年間続けるのもまた「サービス」の一種である。

残業代が支払われる場合、時間帯によって賃金が変化する。(訳註: アメリカでは、ホワイトカラーの仕事では残業手当が規定外である。参考:Wikipedia) ぼくの場合、(1)朝6時半から9時半は1.25倍、(2)定時終了時刻から夜中の12時までは1.5倍、(3)夜中の1時以降は1.75倍だった。(1)と(2)はともかく、(3)も決まっているのには、それなりの理由がある。

「すまん、夜中の3時まで残ってくれないか。残ってくれたら、明日は夜9時に帰っても構わないぞ」と、直接指示されることはあまりない。そのかわり、あなたが自主的にそう思ってしまう環境を会社は構築しているのだ。今晩早くあがるとチームを困らせる。明日早くあがると自分の忠誠心が疑われるかもしれない。最初はおかしいと思いつつも、いつの間にやら後輩に「これがサラリーマンの働き方だ」と説教するようになってしまうのだ。

そんな生活をしていては、とても結婚など出来るはずがないとお考えだろうか。心配ない。プライベートの計画も会社に立ててもらえばよい。あなたの上司には、あなたに見合う女性を見つける社会的義務があるのだ。上司は手始めに、「あの子はどうかね」と職場の女性を勧める。フリーの女性は常に何人かいて、結婚か出産と同時に職場を去る。

とある上司が職場の女性に、「君はもう30だし、身を固めてもいい頃なのに、わが社以外の者と付き合っているそうだな。そろそろ辞めることを考えたらどうかね。」と言うのを、あなたは小耳に挟むかもしれない。日本の雇用機会均等法はアメリカのそれと同じくらい厳しいので、これは明らかに違法行為である。神聖たる日本のトップ企業は決して法を犯さないので、「会社が意図的に法律を破っている」などと声をあげ、会社の名に傷をつけるなんてことは、従順なサラリーマンにとって言語道断。あなたの耳が嘘をついているに違いない。まったく、使えない耳だ。

会社はあなたの公的な顔である。大家さんと揉め事があったって?会社に任せなさい。ただし「大家=会社」すなわち社宅であるケースを除く。(訳註:アメリカには日本ほど社宅という慣習がないので、ここでは以下のように説明されている。)

日本では、独身社員向けの社宅を持つ企業もよく見られる。理由はだいたい次のような感じだ。

—社員に給料を払ったら、その25%がすぐさまアパート代に支払われるだって?
—これ非効率じゃね?ビルを一棟買って、そこに社員をみんな住ませれば、諸費用も浮くし集積のメリットも生まれるんじゃね?
—ちょっと計算してみよう。

市役所に書類を出さないといけない?総務の誰かに頼めばいい。確定申告は?サラリーマンは自力で確定申告などしない(訳註:アメリカでは基本みな自力でする)。保険の手続きは?必要ない。年金の手続きは?気にしないでよい。あなたが外国人である場合、移民手続きは?心配ない。法務大臣宛に社長がしたためた手紙を含め、必要な書類は既に手配済みだ。

会社はあなたの私的な顔でもある。オンオフともに人生を会社に捧げるため、大学以来にできた友人はみな同じ会社の人間である。7:30pmなどと早めに退社できた日には、上司・同僚・お得意様との夕食・飲み会がスケジュールに組み込まれる。(ちなみに費用は会社持ちか、そうでない場合は年長者が持つ。給料が年功序列制になっているのも理に叶っていると言える。)カラオケやゴルフが好きだって?ワンダフル。他のサラリーマンと仲良くやれることだろう。彼らはみな、カラオケやゴルフを「好きになる」スキルを身につけた人、もしくはカラオケやゴルフを「好きであるように魅せる」スキルを身につけた人たちである。

先ほど、社員の結婚は会社の責任であるという話をした。結婚以外にも、会社があなたの恋愛関係に口を出すケースはあるのだが、とりあえず結婚の話に戻ろう。あなたの結婚式のスピーチをするのは上司で、あなたの今までの活躍と、会社の華々しい未来を延々と語るだろう。同僚も8人くらい参加させられる。あなたの親が亡くなれば同僚から香典が送られ、怪我をすれば同僚が見舞いに訪れ、奥さんや子供と喧嘩をすれば同僚が仲介を申し出てくれる。サラリーマンは、会社という家族の一員なのだ。

ここ20年、終身雇用は廃止に向かってはいるものの、2014年の今でも乗ろうと思えば乗れるレールである。実際に多くの日本人は、終身雇用に乗っかる前提で人生計画を立てている。サラリーマンの雇用契約書には「契約期間は3年。双方の合意により更新が可能」と書いているものの、現実的には殆ど意味をなさない。いったんサラリーマンになれば、しばらくは「ところてん式」に昇進することができる。(訳註: 「3年契約」と言うと派遣社員を思い浮かべる人が多いが、原文ではサラリーマンの契約書について書かれている。)

サラリーマンの給料は大概低めに設定されている。名古屋のエンジニアの月給は、およそ100ドル×あなたの年齢である(名古屋のとある技術系巨大企業が市場価格を決めている)。ちなみに東京だと、30代前半のぼくの年収は3万ドルから6万ドルになるだろう。(ちなみにシリコンバレーの30代前半のエンジニアの相場は、年収12万ドルから16万ドルくらいで、現在急激に上昇中だ。訳註: 訳者はシリコンバレーの26歳のエンジニアだが、その通りである。)

給料は低くとも、安定度はアメリカのテニュア教員や公務員を凌ぐ。救いようがないくらい仕事ができない人であっても、追い出し部屋という、社員へのイジメに特化した部署に追いやられるだけだ。

最後にもう一つ: 辞めちゃダメ。ゼッタイ。大企業の中途採用は比較的少ない。会社には大学卒業後から定年までしがみつくのが前提だからだ。辞めようものなら人間失格のレッテルを貼られ、サラリーマン人生には戻りにくい。契約社員になればそれなりの仕事を得られるかもしれないが、福利厚生・社会的地位・安全性、どれもにおいてサラリーマンのそれに劣る。

ぼくの言ってることが、どこまでが誇張で、どこまでが本当か分からない? 3年間、拷問に近いくらい退屈な職場に閉じ込められていたぼくに言わせれば、あなたが思うほどの誇張はしていない。いくらでもサラリーマンの話はできるし、ぼくを信じないのなら近代日本文化の本を読めばいい。(おすすめは杉本良夫教授のAn Introduction To Japanese Societyという本である。日本文化にひそむ多様性を、杉本教授は史上稀に見る丁寧さをもって解説している。サラリーマンについて書かれているのは1~2章ほどだ。)

サラリーマン的に付け加えておくと、外国人のぼくを他のサラリーマンと対等に扱ってくれたことに対しては、会社にとても感謝している。多くの日本企業で、それは当たり前のことではないのだから。

「いろんな意味で、日本のベンチャーはリスクが高すぎる」という思い込み

会社はあなたの顔なので、他人はあなたではなく、あなたの会社とビジネスをすることになる。もし「会社=あなた自身」だった場合、もしくは誰も聞いたことがないような会社だった場合、様々な困難が待ち受けているだろう。ニッポンの大企業という会員制クラブに在籍しているときの待遇とは、天と地ほどの差があるだろう。

例: 家探し。 独立したときに暮らしていたアパートは、大手の社員だった頃に引っ越した物件だった。入居する際のクレジットチェックは会社の名刺を見せるだけで済んだ。(訳註: アメリカでは大家が入居希望人のクレジットヒストリーを「常に」審査する。)日本では大手の名刺を見せるだけで、良い人格と安定した収入を兼ね備えていることを証明できる。もしぼくが問題を起こせば、会社が解決してくれる。(日本の大家は、入居人とのいざこざを会社に通告することがある。会社での評判を人質に取るわけだ。訳註: 訳者はアメリカのアパート歴6年だが、大家が会社と関わるなんて話は聞いたことがない。地域によっては、勤め先に連絡する行為が違法な場合もある。)

日本では一般的だが、アパートを借りるのには保証人が必要だった(訳註: 訳者がアメリカで借りた物件では一度も必要が無かった)。だいたい親の名前を使うのだが、ぼくの両親はアメリカに住むアメリカ人だったので、勿論ダメだった。会社に相談したところ、ぼくの上司の上司はすぐさま「田中、お前の部下だろ。なんとかしろ。」と言い、上司の田中は反射的に大家に電話した。「お世話になっております。◯◯の田中と申します。Patrickはわたくしの部下なのですが、わたくしが保証人でも問題ございませんでしょうか。恐れ入りますが、保証人の書類を弊社に送っていただけますでしょうか。はい・・・はい、ありがとうございます。」

ぼくが仕事を辞めたとき、辞めたことを大家に通告しなければならなかった。当時の年収は5万ドル強で、家賃は月400ドルだった。

大家からは「ただちに出て行って下さい」と言われた。日本だと、脱サラ人間の社会的地位は浮浪者とさほど変わらない。「滞納の心配はありませんよ。数年間一度も問題を起こしたことはないし、独立して収入は以前より増えたのですから」と言っても、耳を貸してはくれなかった。

家を買う場合は?日本にもいちおう信用調査機関はあるが、アメリカほど機能はしていない。安定した収入を持つこと、すなわちサラリーマンか公務員でないかぎり、日本で住宅ローンを組むのは難しい。

例: 恋愛。 日本で結婚したければ、多くの若い女性と、彼女らの両親ほぼ全員が、サラリーマン的な安定を求めているだろう。ぼくの妻は、ぼくがサラリーマンでないことを気にしないでいてくれたが、彼女の友達の間では、ぼくはニートに違いないと思われていた。(ぼくは外国人で、よく海外に行き、スペイン語も話せ、独立したくせに金があることから、麻薬商人ではないかと疑われたことも何度かあった。作り話をするなって?ぼくもこれが作り話であってほしい。)

義母とはじめて会ったとき、ぼくは履歴書と確定申告書を提出した。「外国人」と「非・サラリーマン」というハンデを持つぼくを義母は疑いの目で見ていたが、最後は結婚を認めてくれた。

日本人であろうと、ベンチャーに創業者または従業員として関わるのなら、恋愛面のハンデを背負うことになる。

ぼくが隙間時間にBingo Card Creator(訳註:Patrickさんが現在も販売しているソフトウェア)を作っていたころ、当時の同僚(自分が知る限り一、二を争う優秀なエンジニア)も隙間時間にSVN用のGitHubを作っていた。あと数時間で公開できるところまでこぎ着けたとき、彼は奥さんにプロジェクトの話をした。奥さんはこう伝えた。「これが成功したらあなたは会社を辞めるかもしれないし、そうでなくとも知的財産権を侵害されたとして会社からクビになるかもしれない(サラリーマンの思考回路である)」彼のプロジェクトが日の目を見ることはなかった。

(余談だが、ぼくの会社は従業員がオープンソースに貢献することや、ぼくがBingo Card Creatorを作っていたことに比較的前向きだった。とはいえ、同僚の奥さんの考え方もあながち間違いではない。)

ぼくが日本の若い起業家の卵と話すとき、いちばん話題にあがるのは資金調達やユーザー獲得の話ではない。悩み相談で圧倒的に多いのは、「どうやったら彼女や両親に起業することを納得してもらえるか」という質問である。(女性の起業家の卵はまた別な悩みを抱えることになるが、そういう女性に日本で出会う確率は低く、出会っても恋愛相談をされたことはない。)

ぼくのアドバイスは大体こんな感じだ。「彼女なり両親なりにこう言うんだ。『IT業界だと、誰もが働きたいと思う有名企業の多くは、狂ったような外国人が狂ったような意思決定プロセスを行っているんだ。グーグルを例に取ってみよう。アメリカ人だらけの会社だ。そう、アメリカ人!とにかく、グーグルの採用基準も狂ってて、なにか凄いものを作っていれば雇ってもらえるんだ。起業することはすなわち、グーグルの第一次面接のようなものさ。グーグルに雇ってもらえたら、もちろんグーグルのサラリーマンになるよね。アメリカ人ばかりの会社だけど、グーグルはサラリーマン企業の鏡だよ。ソニーに負けないくらい、グーグルは従業員の人生をあの手この手で支配しようとするんだ。しかも給料はソニーの倍!』」

(今読んでいるあなた、グーグルの方?どうも!元サラリーマンとして、福利厚生に魅力を感じるのも理解できますし、ぼくの表現にあなたが憤りを感じるのも予測できます。サラリーマン時代のぼくでしたら、同じようにぼくの表現に反発するでしょう。非常に賢い人達に洗脳されていたぼくが、洗脳をといた反動でこのように書いてしまったことをお許し下さい。もしあなたが幸せなら、それは素晴らしいことです。幸せなサラリーマンもたくさん知っています。サラリーマン文化を冷めた目で見ているぼくですが、人の幸せを踏みにじるつもりは全くありません。)

日本のベンチャーが人を雇うには、サラリーマン文化を逆手に取る必要がある

アメリカのベンチャーは、「なぜAmaGooBookSoft (訳註: Amazon, Google, Facebook, Microsoftなどの大手ソフトウェア企業)ではなく、ウチで働くべきか」をエンジニアに説明しなければならない。日本の場合、ベンチャーが敵に回すのはサラリーマン国である。サラリーマン国から一歩でも踏み出せば戻れないので、亡命を説得するのは厳しい。

では、どうすればいいのか?まずは社会のはずれ者に声をかけることだ。日本のベンチャーの友人はみな、雇用市場において未だ正しく評価されていない人を見つけるのが上手い。それしか良い人材を雇う方法がないからだ。高学歴でキャリア志向の日本人はサラリーマンか公務員になるので、ベンチャーは他を探さざるをえない。

たとえば、こんな人たちだ。

女性: お気づきかと思うが、古い体質の日本企業において、女性の扱いは劣悪である。日本の男尊女卑文化を研究する学問もあるくらいだ。しかし、ベンチャーにとってこれはチャンスである。大卒の女性は労働市場で正しく評価されていないので、ベンチャーでも雇いやすい。

外国人: 外国人がサラリーマンになるのは厳しい。不可能ではないが厳しい。本業が何であろうと、顔がいかにも外国人だったら、あなたは英語の先生だと決めつけられる。(もう聞き飽きた。)どうやら外国人が日本で日本社会に貢献できる職業は英語の先生しかないらしい。サラリーマン国に入国できない外国人にとって、ベンチャーは良い選択肢である。

社会不適合者: 日本人男性なら誰でもサラリーマン国に入れる訳ではない。学歴が足りない人。大手で疲弊した人。他人に頭を下げるのができない人。日本企業とは水と油だと思われている、海外かぶれの帰国子女。就職氷河期に巻き込まれた人(ぼくの世代がそう)。こういうサラリーマン族にはなれない人たちこそベンチャー向きである。(訳註: それに反して現在のシリコンバレーでは、MBAなどエリートコースを歩んだ人たちがベンチャー業界に殺到している。)

とある日本の採用担当者が、にこっと笑って、ぼくにこう言ったことがある。あらかじめ謝罪しておくが、言葉の重みを保つため、この人が口にした言葉をそのまま引用させてもらう。

—はみ出し者がほしい。オタクでも、韓国人でも、外国人でも、大学中退者でも、仕事さえできれば喜んで雇うよ。こいつらはバーゲンさ。

理想の世界では、人種差別は存在しない。だが、ぼくらが住んでいるのは理想世界ではない。ならばせめて、レイシストがみな資本主義を崇拝してくれればと願う。少なくともそいつらとは話が通じるからだ。

経営者のみなさま、朗報です: 日本の社員の給料は比較的安い。エンジニアの給料も、その他の社員よりさほど高くない。(訳註: シリコンバレーでは、エンジニアの給料はその他の社員の約1.5倍から2倍である。)

誰が言っていたか覚えていないが、日本人の給料の低さについて、本質を突いた言葉を聞いたことがある。

—人間は元来、社会的地位を得るために金を稼ぐ。日本の企業はこれを周りくどいと考え、給料の代わりに社会的地位を「直接」与えるんだ。

株やボーナスは与えられないが、いちばん優秀な社員は王子であるかのように祭り上げられる。良いプロジェクトを与え、良い部署に就かせ、他の社員に羨望の目で見られるように仕向けるだけで満足してくれるのだ。

東京を除き、日本のエンジニアを雇うなら一人年間3万ドルと見積もれば十分である。東京だと、ある程度のキャリアを積んだエンジニアの年収は約5万ドル(500万円)。(一般的に、エンジニアの給料は金融系と外資系が高い。ちなみに外資系の多くは金融企業である。)

給料以外の人件費は給料の1.25~1.5倍といったところで、アメリカと変わらない。保険、年金(厚生年金を払う義務があるが、それほど高くない)、毎日の交通費(訳註: アメリカでは基本、給料の一部)、家賃補助(訳註: 同じく給料の一部)、子供と奥さんがいる場合の配偶者手当などがある(訳註: アメリカでは、家族構成を参考にしてオファーを出すと完全に違法)。非課税である項目は多いので、課税対象である給料と別にすれば人件費が浮く。詳しくは会計士に聞いてほしい。

「日本人のエンジニアは優秀?」とも聞かれることがある。ぼくが思うに、他の分野と同じく、エンジニアの実力はピンキリだ。ぼくと一緒に働いたことがあり、グーグル本社のどのエンジニアとも渡り合えるくらい優秀だと思える5人をあげるとしたら、そのうちの2人は日本人だ。

もちろんアメリカと同じく、FizzBuzz(訳註: エンジニアの面接問題で、最も簡単な問題)が解けないエンジニアもいる。古い日本企業の場合、技術者の最初の10年は下積み期間とされ、責任と権限は与えられず、ただ「会社のやり方」を学んでいればよいとされるので、高い生産性を「求められる」ことは少ない。(読者の中には、「週90時間働く」ことと「生産性が低い」ことが相容れないと思う方もいるだろう。「設置するボタンの文言を『登録する』か『メルマガに登録する』のどちらかにするか決めるのに、5人が6時間かけて会議する」とでも言えば、分かって頂けるだろうか?)

イマドキの日本のウェブ事情

日本のベンチャーがエンジニアを採用するうえで、ひとつ問題がある。日本のエンジニアの多くは大企業に雇われているが、日本の大企業が素晴らしいウェブアプリを生み出すことは少ない。名古屋近辺には、あなたが文字通り命を預けてもいいと思えるほど、高品質なマシン語を書けるエンジニアが掃いて捨てるほどいる(あなたの交通手段が自転車オンリーでない限り、いままでも、そしてこれからも彼らに命を預けるだろう。訳註: 手短に言えば、マシン語で書かれたプログラムが無いと、車や電車は動かない)。しかし、ウェブアプリ作成を頼みたいと思えるエンジニアは、名古屋にはそれほどいないだろう。東京にはもう少しいるが、それでも足りていない。

もちろん例外はある。だがあくまで平均を見れば、日本のエンジニアのウェブアプリ・モバイルアプリ開発スキルは、アメリカより5年から10年遅れている。ぼくが会社勤めを辞めた2010年のころ、JavaScriptをB2Bアプリのクライエントサイドで実行して見せただけで会社の人々は驚き、「彼が辞めたら誰が最新のアメリカ式工法を教えてくれるんだ?」と動揺していた。これは冗談ではない。(訳註: この技術が「最新」だったのはGmailが広まった2005年である。日本の一部の人にも2005年頃に広まったが、大企業となると話は別のようだ。この技術が、2009年までiモードに対応していなかったのが大きいのかもしれない。)

多くの日本企業で、プログラミング能力は高く評価されないのかもしれないし、エンジニアが権限を持つことも少ないが、プログラミングより広義の「エンジニアリング」に対してはみな、強いプロ意識を持っている。ぼくが3年間、以前の上司から学んだことは計り知れない。具体的な話をするが、当時はサーバーのメンテナンスをはじめとして、膨大な量のチェックリストが作られていた。時には手段の目的化にうんざりしたが、けっきょく自分の会社にも、この方法を取り入れるようにした。(例:「本番環境において実行して良いコマンドは次の条件を満たしたものだけ。(1)説明資料を作成済み。(2)テスト環境で実行済み。(3)テスト環境での実行結果を資料に記録済み。(4)本番環境の実行結果がテスト環境のそれと違った場合の対処方法も用意済み。」という感じだ。これは、「少しくらい間違えても本番環境に直接つなげて直せばいい」と考える多くのエンジニアにとってはバカげてる話かもしれない。だが、これくらい慎重になることで、人為的なミスを大幅に減らすことができる。)

UX(訳註:ユーザーエクスペリエンス)・ウェブデザイン・A/Bテストなどのレベル感はプログラミングと同様である。2014年時点でトップクラスの完成度を誇る日本のウェブアプリは、Facebookのバージョン1(訳註: 2004年ころ)と漸近的な差はない。日本が遅れている理由はいくつかある。日本において、B2Cウェブアプリへのアクセスの大半はモバイルからだが、iPhone以前の時代では「ガラケーでも見れる」のを条件にサイトが設計されていたことも、その理由の一つかもしれない。

日本のケータイ史は非常に興味深い。端的にいうと、日本はまず、ダーウィンフィンチ(訳註: ガラパゴス諸島にのみ生息する鳥)のようなケータイを生み出した。多様で、独自の環境に適応し、世界のどこにも見ないようなケータイが、外来の天敵を知らないまま繁栄したのだ。当時としては天下一品のハードウェアだったが、他の和製ハードと同じように、ソフトウェアは毎度ゼロから組まれていた。しかも多くの場合、マシン語で。時計アプリを作るのにも一苦労な状況にもかかわらず、ほとんどのガラケーにはウェブブラウザが備わっていた(いや、本当に)。JavaScriptを実行することもできた(いや、本当に)。UXがひどくても責められない。この輝かしい歴史はもちろん、スティーブ・ジョブズが一夜でひっくり返した。

ついでに言えば、iPhoneが発表されたとき、海外のコメンテーターは「日本では流行らない。日本人は海外の製品を信用しないから」と発言していた。あの頃は「なんていい加減な話だ」と思ったものだ。当時、Sonyの地元である日本で、iPodは70%以上のシェアを誇っていたのだから。2014年の今、誰かが似たような発言をしたら、以前より更に「いい加減な話」に聞こえるだろう。

日本のベンチャーの資金調達

日本は豊かな国で、信じられないほど潤沢な資金が眠っている。また10年以上に及ぶゼロ金利政策のおかげで、ほぼタダでお金を借りることができる。

他方で、日本のベンチャーにとって資金調達は非常にやっかいだ。

カネはあるのになぜか。日本のベンチャー業界では、Yコンビネータ―が台頭する前のシリコンバレーより更に、投資家とのコネクションが重要である。(訳註: Yコンビネータ―は投資ファンド兼・起業家養成プログラムで、実力ある起業家に投資家とのコネを提供している。日本でも似たような団体はある。) シリコンバレーのベンチャーキャピタル(VC)各社とくらべて、日本のVC各社は、既に実績のある起業家に資金を提供することが多い。「イントレプレナー」と呼ばれる日本の起業家たちは、20~30年間いくつかの会社で働き、それらの会社と近しい関係にあるVCから資金を調達し、それらの会社に事業を売却する前提で起業する。

ギラギラした目の22歳は、日本のVCからは門前払いを食いやすい。目通りを許されるのは、大企業に事業を売却できるくらいの実績を作ってからだ。まさにキャッチ=22である(訳註: AをするにはBが必要だが、BをするにはAが必要であるというジレンマ)。

エンジェル投資家の活躍も日本ではあまり聞かない。その理由は、アメリカのIT企業と違い、日本のIT企業はストックオプションを幅広く支給しないからだ。グーグル・フェイスブック・グルーポンなどが上場したとき、エンジェル投資家になるのに相応しい「ITに興味がある億万長者」が、それぞれの上場につき数百人から数千人規模で生まれた。一方、日本では上場することは稀で、あったとしても株の利益は投資家と経営陣が総取りする。よって、2万5000ドルの小切手をポンと出せる人の数が限られてしまうのだ。

アメリカの全てがそうではないが、シリコンバレーではエンジェル投資家はもはや「職業」である。良いエンジェル投資家の条件は形式知となっており、エンジェル投資家の恩恵を一番に受けるYコンビネータ―500 Startupsといった起業家養成プログラムが、その形式知をせっせと布教している(訳註: リンク先はYコンビネーターや500 Startupsが主催する、新米エンジェル投資家向けのカンファレンス)。

それに比べると、日本のエンジェルはまだまだである。仮にあなたが、将来性のあるアイデアをシリコンバレーの著名エンジェル投資家にプレゼンしたとしたら、あなたのアイデアにボッタクリのような値をつけられることはまずないだろう。もし東京の投資家に同じプレゼンをしたら・・・まあ、サンフランシスコへの飛行機代が雀の涙に思えるかもね、とだけ言っておこう。

日本のベンチャーの時価総額は、シリコンバレーを基準にすれば壊滅的なまでに低い。日本の起業家の知り合いの話をすると彼らに失礼なので、セントルイス(訳註: アメリカの中西部にある、古い考え方が根強い地方都市)の話をしよう。Slicehostというセントルイスのホスティング企業は、ユーザーが大挙して押し寄せていた頃、とあるエンジェル投資家に「時価総額の1割をくれたら、会社が25万ドルを銀行から借りたとき、わたしも保証人になろう」と持ちかけられたそうだ(訳註: 早い話が詐欺である)。それにひきかえ、シリコンバレーのホスティング企業が急成長した際には、数百万ドルの資金と数千万ドルの時価総額がつくのがデフォルトである。

この話を東京の投資家たちにするとしたら、彼らはこう言うだろう。

—25万ドル「も」借りて、Slicehostはそれを何に使うんだ?
—うん、20万ドルで良かったんじゃないか。
—セントルイスでは贅沢がまかり通ってるんだな。

借入金融はどうかって?それ真顔で言ってる?もし日本で美容院を開きたかったら、不動産を担保に80万ドルほど借りて一部を運転資本に回せるだろう。一方、ソフトウェア企業は銀行の方々には真っ当なビジネスと思われていないようである。(ぼくが利用している銀行は、10年近くにおよぶ完璧な支払履歴と、会社からの推薦状などが功を奏し、ぼくのビジネスに融資を決めてくれた。与信限度額は3000ドルだったが。)

日本の会社にソフトウェアを売るには

大企業向けの営業が得意?飲み会・会食・社内政治が好物?自分が売ってる物にはぶっちゃけ興味ない?もしそうなら、ぜひ日本で働くべきだ。

アメリカだと、ソフトウェアをロータッチで売ることは一般的である。「ロータッチ」とはBasecamp社に代表されるように、ランディングページ・無料トライアル・洗練されたUX(とくにサービス利用開始時)・Eメールマーケティングなどを駆使し、人間との接触を最低限に抑えた上でソフトウェアを売るモデルだ。(訳註: Basecamp社は「小さなチーム・大きな仕事」などの出版でも有名。)ぎゃくに、「ハイタッチ」でソフトウェアを売っているのはOracleなど、営業の人海戦術で勝負する企業である。アメリカでは、ソフトウェア企業はまずロータッチモデルで成功し、その実績をもとに大企業向けにセールスを行う、という戦術が王道とされている。(訳註: このモデルの成功例で有名なのは、エンジニアなら誰でも知ってるGitHubである。)

日本だと、ソフトウェアは基本ハイタッチでしか売れない。中小企業やベンチャー向けの、安めの価格帯のソフトウェアでもそうである。ほかの製品やサービスと同じく、少額のソフトウェア購入は基本「商談」が必要になる。日本の商談についてはVenture Japanを読んで頂きたい。信じてもらえるか分からないが、Microsoft Officeのライセンスを追加購入するために、販売店の営業員と飲みに行く人もいるし、自分が知る限り一番優秀な日本のソフトウェア起業家は「外回り」でソフトウェアを売っていたという話もある。

日本では大企業向けのソフトウェアは生まれやすく、中小企業やベンチャー向けのソフトウェアが生まれにくいインセンティブ設計になっている。(日本に住むぼくが、日本向けにソフトウェアを売っていないのもこれが理由である。作るのも売るのも自分なので、アメリカの顧客にソフトウェアを売ったほうが、足を動かさなくて良い分、一時間当たりの利益が数十倍になる。)

外回りの営業部門を作るのにはお金がかかる(月に2000ドルの交際費なんてザラである。恐ろしいことに、一晩で2000ドル使うやつもいる。)しかし、契約さえ取れれば(案件一つあたり、数十万から数百万ドル)、トータルコストはアメリカの大企業向けセールスの2割ほどですむ。人間関係が大切にされる分、他社に顧客を奪われるリスクも低い。

日本のソフトウェア市場は巨大だ。オラクル・セールスフォース・マイクロソフトなど、アメリカのソフトウェア企業にとって、日本は世界で2番めに大きい市場でもある。

海外企業が日本市場に参入したかったら、東京にオフィスを開くか(顧客訪問が必要であり、大企業は東京に集約しているから、東京一択である)、日本の販売業者と組むしかない。ただし、販売業者はまさに玉石混淆である。販売業者といったん組むと、常に顧客との間に業者を挟むことになるので、使えない業者と組むと命取りになってしまう。パートナー探しには、じっくりと時間をかけることだ。

もっと詳しく知りたい方はVenture Japanを参照のこと。ぼくの営業経験からしてみても頷ける話が多い。

余談だが、ソフトウェア販売ではなくITコンサル業をやりたい方にとっても、日本市場で戦うのは厳しい。日本人の安月給と競争しなければいけないからだ。

(訳註: 著者は「selling software」という表現を頻繁に用いており、ぼくは「ソフトウェア販売」と訳しているが、日本語で「販売」と言うと「パッケージ販売」のニュアンスが強く、以前のMicrosoft Officeのように「『インストール』が必要なソフトウェアを売ること」だと誤解されやすい。そうではなく、著者や英語圏の人が言う「selling software」には「クラウド上で動くソフトウェアを課金モデルで運営すること」も含まれる。著者が販売しているBingo Card CraetorAppointment Reminderは両方ともクラウド上で動くソフトウェアである。)

義理人情

日本でビジネスをすると、1946年の映画「素晴らしき哉、人生!」の中にいる気分を味わえる。現代のアメリカのように、「お客様との信頼関係」という言葉の後ろに(笑)はつかない。アメリカで「顧客=データベースの中の一項目」として扱われるのと同じくらいの頻度で、「顧客=一人の人間」として扱われるのが日本である。

当方、飲みニケーションをバカバカしいと思うソフトウェア技術者だが、それでも日本の義理人情文化には魅力を感じざるをえない。日本の、しかも小さな町に越してきて、昔話でしか知らなかった「古き良きアメリカ」を初めて体験した気分だった。

日本に来たとき、ぼくはパソコンを持っていなかった。飛行機代と新生活の準備で貯金が空になったからだ。ぼくがまだアメリカにいたら、Dellにクレジット審査をしてもらい、2000ドルのローンを組んでパソコンを買っていただろう。

それにひきかえDell Japanからは、日本の金融機関二社に電話するよう言われ、それぞれ100問以上におよぶ質問に答えさせられた(正気の沙汰じゃない)。一社目からは「お客様の勤続年数と居住年数を考慮いたしますと、ローンはご利用になれません」と断られ、二社目からは「建前ではみんな、『ローンはご利用になれません、申し訳ございません』と言うんですよ。ですが本当のところは『外国人の方にはお貸しできない』という決まりなんです。日本ではどこもそうでして、ご気分を害されたかとも思いますが、一応お伝えしておいたほうがいいかと思いまして」と告げられた。

諦めきれず、数日後、同僚にその話をした。母国の両親とスカイプがしたいと伝えると、仕事中にもかかわらず、彼は「ついて来な」と銀行に案内してくれた。岐阜の小さな地銀で、個人情報保護のため名前は出さないが、非常に保守的な銀行だったことは確かだ。

同僚はクレジットカードの申込書類を持ってきた。一通り埋めたものの、あまり期待はしなかった。

—日本で一番国際的なはずの東京の銀行でさえ、二社ともぼくを断ったんですよ。しかもぼくがガイジンだからってハッキリ言われたんです。こんなド田舎の銀行が受領してくれるわけないですよ。
—大丈夫、任せとけ。いま責任者呼ぶから。おい、タロー!

ぼくの同僚と責任者のタローさんは同窓だった。

—Patrickはうちの新入社員なんだ。親思いなやつで、ご両親と話すのにパソコンを買いたくて、そのために口座を開きたいんだとさ。ホレ、申込書。よろしくな!

数週間が経ち、どうせ断られたんだろうと思っていたある土曜の早朝、ドアのノックが聞こえた。

タローさんと、もうひとり年配の方が立っていた。どうやら執行役員兼リスク管理部門長である彼は、挨拶をするなり本題に入った。

—われわれは、右から左へ金を動かすだけの銀行ではないことをご理解頂きたい。お金は勝手に湧いて出てこないのです。農家の方々が不作に備えて振り込んで下さったお金や、お客様が老後のためにコツコツ倹約して下さったお金を、我が社は預からせて頂いているのです。このお金は、われわれに対する信用の証なのです。絶対に失ってはいけないお金ですから、お貸しする相手も慎重に選ばねばなりません。あなたは信頼のおける方だとタローから聞きました。しかし、そんな方でも道を間違われることがあります。それを見極めさせてもらうために、今から3つの質問をします。まず、このクレジットカードを使って賭け事をするつもりがありますか。
—ありません。
—よろしい。では、このクレジットカードをお酒に使うつもりがありますか。
—ありません。
—よろしい。最後に、このクレジットカードを奥様以外の女性に渡すつもりがありますか。
—ありません。
—よろしい。奥様に渡す時とて油断は禁物ですぞ。いいでしょう。ここにハンコを。

この銀行との逸話は他にもたくさんある。たとえばタローさんは、ぼくの通帳を見て、ぼくがいつ女性と交際を始め、いつ交際を終えたかを的確に当てたりもした。顧客への目配りの一環だったらしい。

リーマンショックのさなか、奨学金返済のためBank of Americaに送金をしようとして、タローさんに止められたこともあった。理由を聞くと、Wachovia銀行の業績が悪化し、FDICに身売りを促されたからとのことだ。(訳註: FDICはアメリカ政府の預金保険公社。加盟する銀行が破綻した場合、預金者に一定の金額が補償される。)

—タローさん、ぼくはWachovia銀行の口座は持ってないですよ。
—それは承知しております。ですが、PatrickさんはLloyds銀行の送金サービスを利用されていますよね。Lloydsのアメリカの仲介銀行はWachoviaですから、今しばらくは、ご送金を控えられたほうがいいかと。
—ええと・・・大垣市の銀行員ってみんな、Lloydsのアメリカの仲介銀行がどこかって即答できるのですか?
—Lloydsを経由して何度もアメリカに送金をされているお客様がいらっしゃいますからね。このような情報を把握しておくのは、私どもの仕事ですよ。

タローさんは3.11の翌日にも電話をくれた。ぼくの口座残高が減っていたので心配してくれたらしい。(偶然にも、ぼくは地震の直前に税金の納付をしていて、口座が空になっていた。)そして彼はこう言った。

—少しでも困ったことがございましたら、いつでも私どもを頼ってください。出来る限りのことはいたします。細かい数字の話は後で構いませんから。

タローさんはいずれ銀行を去り、挨拶回りをしながら新しい責任者の方を紹介してくれた。どうやら、タローさんはぼくの紹介状を長々としたためてくれたらしく、新責任者の方は「顔を覚えておきたいから」と言ってコーヒーに誘ってくれた。数年後、また責任者が変わったとき、ぼくは新責任者の方に就任祝いの贈り物をした。部下のみなさんは少しばかり驚いていたけど、やって良かったと思う。

東京に引っ越したとき、ぼくは同じ銀行の東京支店を訪れた。東京支店はひとつしかなく、顧客は主に大企業だったので、ぼくが口座を持っているのが信じられない様子だった。

—ミスター!シティバンクはあっちですよ!ウチのATM使ったら手数料が発生しますよ!

その口座を使って複数の国でソフトウェアのビジネスをしていると言うと、さらに驚かれた。

—お客様の場合ですと、シティバンクや三菱のほうが良いサービスを受けられるんじゃないですかね?

他の銀行に口座を移すことは今まで一度も考えたことがないし、移す理由が見つからない。少し得をしたとしても、いまの銀行への信頼を捨てるほどの額にはならない。

念のため言っておくと、この銀行がぼくに良くしてくれたのは、ぼくが金持ちだったからではない。ぼくが使っていたのは、17歳がバイト代を振り込むのに使うような普通の預金口座である。日本に住んで10年経つが、最初の8年は残高がつねに2000ドル以下だった。

この銀行以外にも、毎回手書きのメッセージをくれる美容師さんや、ぼくの結婚式の食事をタダで作るよ!と言ってくれた行きつけのレストランの人や、いつでもタダでフレームの調整をしてくれ、コーヒーも出してくれる眼鏡屋さんなど、日本で温かい思いをした話ならいくらでもできる。

B2CとB2Bの両方で、日本の顧客が求めるサービスの品質は、アメリカのそれと比べたら月とすっぽんである。アメリカのトップセールスの気配りは、日本だと最低ラインかそれ以下だ。

案件が成立して高品質のサービスを提供できれば、日本の顧客は忠誠な固定客になってくれる。量的にも質的にもそう言える。僕が知っている日本のSaasアプリのなかには、(1)値段も低め・(2)月額課金制・(3)ロータッチセールスと、顧客離反率が高くなりやすい要素を含んでいるにもかかわらず、アメリカの(1)大企業向け・(2)年額課金制・(3)ハイタッチセールスのSaasアプリ並みの顧客維持率を誇っているものもある。

はじめの一歩の踏み出し方

お役所的な体質が残っている日本だが、それが障壁になる時も、ならない時もある。ビジネスを始めるだけなら、手続き自体は難しくない。

ぼくは仕事を3月31日に辞め、4月1日に休みをとり、2日に市役所に書類を出しにいった。アメリカ的な感覚だと、市役所とやりとりをするのは常に憂鬱でしかない。だが、案ずるより産むが易しとはこのことで、ぼくは3つの部署に素早く回され、丁寧で迅速でお役所的な対応を受け、30分もたたないうちに健康保険と失業保険、そして個人事業主用の青色申告書を手配してもらった。

会社を作るとなると、日本はアメリカより難しいとされている。以前は会社設立に数千ドルの費用がかかり(必要になる確率が高い弁護士代なども含む)、3万ドルほどの資本金が必要だった。起業家からの要請により、規制は緩くなってきてはいる。ただぼくの場合、お客様のほとんどはアメリカにいるので、ぼくの会社はアメリカのLLCにしている。手続きは約500ドル・30分ほどで済む。(日本でもアメリカのLLCに近い「合同会社」というものがある。従来の株式会社に比べて設立に時間とお金をかけずに済むが、起業家の多くは未だに株式会社を選んでいる。株式会社のほうがイメージ的に信頼度がアップするから、という理由らしい。)

役所の手続きをするのは年に約3~5日。ぼくのビジネスのような場合、ほとんどの時間は確定申告に費やされる。個人運営のソフトウェア企業なら、アメリカの確定申告と同じくらい面倒だ。それに加え、日本の会計士はソフトウェア業界に疎く、また日本の税法はソフトウェア企業にとって不明瞭な部分が多いという難点がある。

ビジネスが大きくなるにつれ、日本のお役所的な部分と衝突する場面も多くなる。規制の厳しい金融業界やヘルスケア業界を除き、事務的に最も厄介なのは正社員を雇う時である。(規制の厳しい業界で起業したい?それはそれはご愁傷様。良い弁護士を雇いましょう。)

サラリーマンの話を思い出してほしい。社員の手厚い保護を日本政府が企業に求めた結果、雇用主は天文学的な量の書類を用意するハメになっている。内容は他の国と変わらないが、その量がケタ違いなのだ。日本のお役所はテキパキと書類を裁いてくれるが、IT化が遅れているので、直接出向いて書類を渡す必要がある。まさに人力で動くSQLデータベースの通信信号になったような気分である。

極端な例だが、「役所Aの管理下にある番号が、以前ぼくが役所Bに提出した番号と一致している」ことを、役所Bに伝えるための証書を、役所Aから2ドルで買わされたこともある。役所AとBは一切連絡を取らないのだ。あらかじめ役所間の通信手順は決められていて、通信が確立するまでの間、あなたはその間を行き来する信号の役割を果たす。役所AとBは近接していることが多いので、通信にかかる時間は比較的短いのが幸いだ。

サラリーマンの話から予想はつくかもしれないが、日本の雇用契約に「At Will」の二文字はない。(At-will契約とは、アメリカの多くの州で一般的な雇用形態で、雇用主と労働者が、いつでも理由に関わらず解雇/退職できるというものである。)もし日本で正社員を雇った場合、理由が無いとクビにはできず、その「理由」の正当性に求められるハードルは高い。

関係当局にこんな忠告をされることを想像してみてほしい。

—能力不足による解雇が認められるのは以下の条件すべてを満たす場合のみです。(1)自分の仕事時間をなげうって、あなたがその社員を助けたこと。(2)その社員に補習授業的な研修を行い、その後の数ヶ月にわたって、能力不足により仕事に支障をきたしたケースを全て記録したこと。(3)他の部署に配置変えすることを試みたこと。誰でも初めは仕事ができないものでしょう?能力不足を理由に解雇を認めてしまっては、雇用の社会的意義が無くなっちゃいますよ。

(訳註: At Willについてはこちらの記事を参照のこと。訳者はシリコンバレーで3年半働いたが、年に3回のペースで、ぼくの身近な人が勤め先をクビになっている。また「アメリカでは『Xという職務をするので,AやBのような技能や能力を備えてないと雇わない』のが新卒採用でも一般的」だが、こういう話はネットに腐るほど落ちている。)

傷口に塩を塗るとはこのことで、もとから採用面にハンデがあるベンチャーにとって、こういった雇用慣習はさらなる試練になるだろう。

どうしても日本の社員を能力不足で解雇したければ、ニューヨークやサンフランシスコのアパートの大家が使う手口を真似することだ。金で釣って追い出すのである。もし社員が早期退職の話にのってこなかったら、万事休すだけれども。

採用以外に苦労することは?

当たり前すぎて気が引けるが、よく聞かれるので一応書いておく。日本は先進国である。よって、ビジネスで必要なものは、カネさえ出せば十分に手に入る。

オフィススペース、特に東京中心地のオフィススペースは意外と高く、見つけても借りるまでが難しい。前に触れたように「ベンチャーはリスクが高すぎる」と貸し渋られるためだ。

とはいえ、駅から10分以上離れていたり、人気がない場所を探すなど、条件を広げればベンチャー用のオフィスを月2000ドルから3000ドルで借りることはできる。また、東京のコワーキングスペースは一人あたり月額300ドルから400ドルで利用できる。椅子と机さえあれば何でも良い人なら、ネカフェが一時間4ドルほどで利用できる。仕事に集中できる環境ではないかもしれないが。

回線速度はどこもかしこも速くて安い。光ケーブルは月額約50ドル、そして十分すぎるほどのパケット定額サービスは月50ドルから100ドルである。(訳註: 光ケーブルはアメリカではまだ一般的ではない。ケータイの通信料はさほど変わらない。)フリーWifiがあるカフェはアメリカに比べてまだまだ少ないが、最近になってそれも変わってきている。

ニホンゴ、シャベレマスカ?

ぼくは日本語を喋れないまま日本でビジネスをしたことがない。日本で日本語ができない=人生ハードモードである。英語は義務教育の一環のはずだが、ビジネス英会話がまともにできる日本人はあまりいない。

そう、エンジニアも例外ではない。あなたが言わんとすることは分かる。技術書の大半は英語で書かれているにも関わらず、英語ができない優秀なエンジニアがいるのは、ぼくにだって不思議な光景に見える。ぼくが言えるのは、日本人エンジニアの英語力のばらつきには驚くだろう、ということくらいだ。

これも変わりつつあるが、ビジネスの公用語は基本、日本語オンリーである。英語の書類を取り扱う役所や会社もあるが、その書類について英語で質問をしても答えは返ってこないだろう。

日本語を学ぶのはとても刺激的だ。起業も同じくらい刺激的だ。だが、この二つは同時にしないほうがいい。ビジネスで使えるレベルの日本語を学ぶには、約2年の集中的な勉強が必要だ。(「あれ終わりました?え、まだですって?なんでまだ終わってないんですか?いつになったら終わりますか?」レベルの会話である。)すでに中国語が読めないのなら、契約書などを読めるレベルの漢字力を身につけるのに、さらに4年ほどかかるだろう。

移民制度について

この部分は、もしあなたが日本人なら読み飛ばしてくれて構わない。(訳註: 個人的には、読み飛ばさないことをおすすめする。むろん、Patrickさんも専門家ではないので、彼の言葉を鵜呑みにしないことだ。)

日本には様々な種類の在留資格があり、海外勢が呼ぶところの「ビザ」と近い。(日本の場合、ビザが許可するのは「入国」だけであり、滞在や就労には「在留資格」が必要である。)

エンジニアや人文/国際専門家として在留資格を得る場合、日本に実在する企業がスポンサーになる必要がある。実際に許可が下りるかどうかは、その企業がどれだけ陰で糸を引けるかにかかっている。たとえば雇用主がトヨタなら、まず問題ない。雇用主が聞いたこともない会社だったら、申請書の隅々にまで目を通されるだろう。

決して忘れてはならないのが、在留資格は職種と結びつくということだ。たとえば、もしあなたがエンジニアとして在留資格を得たのならば、転職先でもエンジニアとして働くのならば問題ないが、異なる職種に転職すると変更手続きが必要となる。(訳註: アメリカでこれに近いH1Bビザの場合、同じ職種で転職しないといけない上、さらに事前許可が必要である。日本では後で届け出をすれば済むので、移民にとっては都合が良い。)

外国人として合法的にビジネスをはじめるには、まず日本で就職し、在留資格を得て、しばらく働いたのち退職し、同じ職種で起業することである。グレーゾーンではあるが、エンジニアが「わたしのお客様はたくさんいます。偶然にも、そのうちひとつは自分の会社です」とすることに対する規制はない。次の在留資格更新日までに、(1)経営者として在留資格を得るための材料を用意するか、(2)現在の在留資格を延長するための言い訳を用意することである。(条件は「日本にある企業での安定した雇用契約」である。)

ぼくが使った裏技は、エンジニア・コンサルタントと名乗ることである。更新の際、ぼくは入国管理局に給料明細と確定申告書を提出し、ソフトウェア業で安定した収入を得ていることを証明した。(収入の大部分は海外向けの事業だったが、ごく一部ながら、日本企業ともビジネスの契約を結んでいた。)管理局の方は難色を示したが、最終的には在留資格の延長を認めてくれた。(ちなみに:このトリックを持ってしても「会社経営」をするのはアウトなので、そう認めざるを得ないような状況を作らないことだ。たとえば正社員を雇ってしまったら言い逃れはできない。)

最近になって、高度人材向けの優遇措置が作られた。もしかしたら、経営向けの在留資格より楽に取得できるかもしれない。(経営向けの在留資格は現実的とはいえ審査が厳しい。日本人の正社員を2人以上雇い、約50万ドルの資本金を用意するなどの条件がある。)

どこの世界でも、入国管理局とやりとりするのは移民にとって一苦労だ。幸いなことに、学歴のある西洋人は、当局にうごめく外国人恐怖症の対象にはなりにくい。(今ぼく、外国人恐怖症って言いました?すみません。「日本に不必要な外国人を徹底的に排除したい衝動に駆られる症候群」の間違いでした。)

永住許可は日本に10年住めば下りるが、在留資格の厳しさを考えると、日本人と結婚して5年で取るのがより現実的だ。あなたの存在が日本社会にとってプラスであることを証明しなければいけないが、あなたがサラリーマンであれば差し支えはない。もしあなたが成功した起業家だったら、移民局の人の機嫌に左右されるだろうが、許可が下りる可能性もまあ、無いとは言えない。

「ガイジン」として日本に住むということ

アメリカで人前に立つときは、ぼくが日本で「陸に上がった河童」になった時のことから話を始めるようにしている。今は笑いとばせても、当時は笑い事ではなかったことは多々あった。

日本人の外国人恐怖症はよく言われることだが、1億人以上いる民族を一括りにしてどうこう言うのは間違っている。当たり前だが、外国人を好きな日本人は多く、別に気にしないという日本人も多い。外国人を毛嫌いする人たちの態度も、ここ10年で目に見えて改善された。

とはいえ、日本ではアメリカより人種差別が顕著か?と問われれば、答えはYesである。異論の余地はない。

仮に、あなたがアメリカのトップ企業で求人サイトのシステム構築を担当していたとしよう。そして仕様書のJobListingオブジェクトの中にnonWhitesAllowedToApply (訳註:白人以外でも応募可能かどうか)という変数があったとする。時は2014年、人種差別禁止の関連法が通って数十年である。アメリカのトップ企業でこんな不祥事が起きてはまずいので、あなたは上司を問い詰める。

—ボス!あのnonWhitesAllowedToApply変数って、いったい何のつもりですか?
—確かにまずいかもしれない。しかし「白人フィルター」は、ウチのお客さんが欲しがっていた機能なんだ。

アメリカでは、こんな答えが返ってくることは絶対にない。アメリカでは。

ちなみに、日本のシステム会社が白人フィルターを従業員に作らせたと言いたいのではない。日本では「白」人フィルターなんてものに需要はないだろう。

同様に、外国人というだけで入居を拒否するのも違法である。違法でありながら、大垣市内にある約4割のアパートからぼくは入居対象外となり、東京でも何度か入居を断られた。(いま思えば、使える裏技があったかもしれない。日本だと外国人は外国人だが、外国人という括りの中でも人気ランキングはある。高収入・高学歴・日本語が堪能で、日本人との友好関係が深い外国人は、慣習化された差別制度において「ほぼ日本人」として扱われる。ただし「ほぼ」以上にはならない。)

不服を唱えたければ、手段は選んだほうがいい。正攻法で訴えた場合、とにかく時間がかかる。加えて「角を矯めて牛を殺す」のたとえで、小さな間違いは改められても(地域の差別撤廃委員会に主張を認められたり、ひと月分の給料を賠償してもらうなど)、かえって全てを駄目にしてしまうものだ(裁判をしたヤツと指差され、日本での働き口が無くなる)。手っ取り早いのは、関わる人を慎重に選ぶことだ。きちんと人を見極めれば、99.8%の確率でなんとかなる。(ただし、人を選べる場合に限る。家や仕事は選べるが、警察や入国管理局の役人は選べない。)

仕事や居住に影響がでる人種差別ほどではないが、外国人を苛立たせることは他にもいくつかある。そのうちのひとつが、「ガイジンは日本語を読めない・喋れない」という先入観である。

こんな会話を想像してみてほしい。

—ぼく: おはようございます。
—区役所の受付: びっくりした!日本語がお上手ですね!
—とんでもございません。(日本では公式の返し方である。)
—日本語も書けるんですか?
—読み書きもできますよ。
—じゃあ、この区役所の名前とかも書けたりします?
—はい。一番難しい漢字は、小学三年生で習う漢字ですね。
—そりゃすごい!日本語が書けるガイジンさんに会ったのは初めてですよ!
—奇遇ですね。日本語が読み書きできるガイジンを知らない日本人を見たのも初めてかもしれません。いや待てよ、さっき話した受付3人もそうでした。うーん、よくよく考えてみると、2000回くらい同じ出来事があった気が・・・

もちろん、最後のセリフは言ってない。受付の方に悪気は一ミリもないし、役所の人を怒らせたら町を追い出されてしまう。だが、最後のセリフが何度も喉元まで出かかったのは本当だ。ざっと2000回くらいは。

話はまだ終わらない。こんどは、複数国で展開しているソフトウェア企業の確定申告書を持って、税務署で次のような対応を受けることを想像してみてほしい。

—受付: (小さな子供と話す速度で)もーしーもー、
—ぼく: ・・・
—(書類を指さしながら)この紙についてー、
—・・・
—(肩をすくめるジェスチャーをしながら)わたしたちから質問がありましたらー、
—・・・
—(電話をかけるジェスチャーをしながら)どこに電話をー、すればいいですかー?
—ぼくの連絡先は、記載例にならって「事業専従者に関する事項」に記しているはずです。
—税務用語が読めるんですか?日本語難しくないんですか?
—そうですね、「知的財産権の定額法による減価償却法」はなかなか難しかったですが、幸いなことに、「個人事業主用・確定申告の手引き」の47ページ目に書いてありました。法律を守るためなら、辞書を引くなり何でもしますよ。

ビジネス上、外国人であることが有利に働くこともある。典型的な日本人の態度と、典型的な外国人の態度を場合によって使い分けられるからだ。乱用は避けるようにしているが、たとえば、周りの人に迷惑なくらい声高に議論しても、ぼくなら許される。

人生において、戦ってまでして手に入れるべきものは少ない。それでも戦うと決めたのなら、必ず勝つことだ。

「典型的な外国人」を演じてビジネスを有利に導くノウハウが知りたければ、Venture Japanにソフトウェア販売での事例が載っている。大企業向けにこの手を使う外国人セールスを何人か知っているが、個人的にはあまり関わりたくない。

日本に来るメリットが大きいケースと、そうでもないケース

なまじ日本に来たばかりに、ぼくのキャリアが停滞したと思ったことはない。良い時代になったもので、今は飛行機があり、ネットがあり、世界中から集う技術者・起業家コミュニティーがある。ハイテク都市・東京にいようが、ローテク都市・トレドにいようが、ぼくのビジネスではあまり差は出ない。(訳註: カンザス州にあるトレドは「アメリカの古い都市」の代名詞である。)

とはいえ正直に言うと、ぼくが東京でビジネスをしているのは、東京でビジネスをするメリットが格別大きいからではない。(Wifiが速ければ世界のどこでも大差はない。ぼくの顧客のほとんどはアメリカにいるので、アメリカと時差が近いところにいれば徹夜の作業は減るだろう。)

もしあなたの顧客が日本にいるのなら、日本に足を運ぶメリットはあるだろう。でも、世界のどこからでもビジネスができるのに、わざわざ日本に出向く必要はあるのだろうか。良い質問だ。日本だと営業が成功の鍵ということを理解し、それがあなたの強みであるならば、日本に移住してみても良いかもしれない。

ぼくのブログを読むような人が日々触れているソフトウェアに比べれば、日本市場は圧倒的に遅れている。シリコンバレーなら「社内限定の管理画面ページで使うのも躊躇うくらい、ダサいデザインだ」と言われるほどのUIでも、日本だったら「すごい!最新のデザインだ!」と喜ばれるだろう。

ベンチャー同士の競争は激しくなく、大手はインターネットをあまり理解していないので、アメリカだと消耗戦になるような流通チャネル(AdWordsやSEOなど)が、日本ではガラ空き状態となっている。

海外では大人気のIT企業は日本市場を無視することが多いので、「日本版◯」(◯には海外のホットなベンチャー名が入る)で起業するのは王道戦略となっている。その場合、狭い島国の中で活路を見出さなければいけないが、この狭い島国の中には1億3000万人の、世界的にみても豊かな人たちが住んでいる。(Dave McClureは以前「日本のベンチャーは海外展開を急ぎすぎだ」と発言したが、ぼくも同感だ。日本は巨大市場だし、競争相手も雑魚ばかりだ。日本人の起業家が海外に出たがるのは、単純に「市場を広げたい」という想いよりも、「起業文化を称えてくれる場所で戦いたい」という想いが強いんだと思う。訳註: Dave McClureはベンチャー投資ファンド・500 Startupsの創業者。)

とはいえ長い目で見れば、日本の起業家コミュニティーの展望は明るいとぼくは思っている。日本の経済の先行きも、色々な意見があるのは知っているが、個人的には明るいと思っている。

最近になって、シリコンバレーの投資家が日本のベンチャーにも興味を持つようになってきた。日本でのYコンビネータ―と500 Startupsの活動も聞くようになったし、日本のトップ起業家は、アメリカの起業家コミュニティーとの繋がりも強い。たとえばMakeleapsという、日本向けのFreshbooks(訳註: クラウド会計ソフト)のCEO・Jason Winderは執筆当時、サンフランシスコに滞在している。もしサンフランシスコにいるなら、彼をコーヒーに誘ってみたらいい。Jasonは自分が知る限り一番優秀な起業家だ (訳註: Jasonさんは日本在住。Twitter: @jasonwinder)。

日本に住んだり、日本でビジネスをすることに興味がある方は、いつでもメッセージを送ってほしい。そして東京に来ることがあったら、ぜひ会いましょう。

もちろん、日本の方にも役に立てるなら、ご連絡ください。

Patrick McKenzie
patrick@kalzumeus.com
http://www.kalzumeus.com

元記事: Doing Business in Japan


訳者の感想

感想その1: 日本のローカル産業の経済規模は1/3と書かれていたが、G型大学・L型大学の議論を追う限り、ローカル産業の経済規模はこれから増えるようである。

感想その2: 日本のWebアプリは確かに遅れているのかもしれないが、少なくともWantedlyに求人を出している会社に限っては当てはまらない気がする。ちなみにWantedlyからお金はもらっていない。

感想その3: ぼくは日本で働いたことがないので分からないが、この記事を読んで「それは違う」とあなたが思う箇所は多いかもしれない。だがもし反論をするのなら、原文のターゲット層が「日本に興味のある海外のエンジニアや起業家」であることを忘れないでほしい。あなたが日本語で反論を書いても、それを一番読むべき人には読まれないのだ。

感想その4: 国外向けにソフトウェアを販売しているPatrickさんは、ビジネスモデル的に日本にしがらみが無いからこそ、ここまで踏み込んだ文章を書けるのかもしれない。日本にいる外国人で、このような記事を書きたくても立場的に書けない人は多いのだろう。

「高技能移民を受け入れるか否か」はよく議論されることだが、一番大切なのは、当事者である高技能移民の方々が「ここがヘンだよ」と恐れず言える環境を整えることだと思う。

追記

記事の推敲を担当してくれた@ellekasai、翻訳ミスを15箇所くらい直してくれたPatrickさん、ありがとう。

Patrickさんのツイート

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