上杉周作

メガネが壊れたときの話

FacebookはGoogleよりもクールだと思ったから入社したんだ。でも働きだしてすぐ、いったいどこからそんな噂が出たんだと疑ったよ。たとえば、Googleが『これがGoogle Glassです!』って発表した二週間後に、Facebookは『これが新しいニュースフィードです!』って発表したよね。 それも大々的に。Googleは近未来的なメガネ、Facebookは写真が50%大きく表示されるニュースフィード。作ってるものを比べたら、Googleのほうが遥かにクールな会社だと思わない?

大学の二年後輩で、Faebookの新卒エンジニアになったSさんはそう言った。彼女にとって、Google Glassは隣のGreenなGrassらしい。

一方ぼくはというと、Google Glassにはまったく関心がない。シリコンバレーでもGlassをかけた人を見かけるようになったし、PVも見たし、日本人の方の実機レビューも読んだが、ちっとも購買意欲がわかない。

そんなぼくだけれど、Glassから少し離れた題材なら、言いたいことがひとつかふたつある。今日はそれを文字に起こしてみた。


その日は、ぼくの25歳の誕生日だった。

休日だったにもかかわらずやることもなかったので、友人の引越しの手伝いをすることになった。サンフランシスコのPacific Heightsにある彼のアパートに車を止め、手伝いに来ていた彼のお母様に挨拶し、荷物を詰めていく。そして何事もなく、彼の新居に向けて出発するはずだった。

そう上手くいかないのがぼくの人生である。最後の箱を運ぶ途中にバランスが崩れ、メガネを道路際に落としてしまったのだ。レンズは無事だったが、フレームは真っ二つ。コンタクトを持っていたのでその場はしのげたが、予備のメガネは作っていない。フレームを復元するか、新品を買わなければならない。

ぼくは視力がすこぶる悪く、特注のレンズが出来上がるまでに何日もかかる。そしてそれ以前に、シリコンバレーのメガネ屋にはお世話になったことがない。東京にいくらでもあるJINSやZoffと違って、シリコンバレーのメガネ屋は、商店街のレアキャラ的存在なのだ。それを探すところからはじめなければならない。四捨五入してアラサーになるや否や、散々な誕生日を迎えてしまった。

引越しが終わったあと、いちおう誕生日だということで、その友人は寿司を奢ってくれた。そして週明けの月曜日、ネットで見つけたメガネ屋に行ってみることにした。California Ave.にある、Palo Alto Eyeworksという店だ。


ドアをくぐると、店主のおじいさんが迎えてくれた。名をRobertという彼は、見た目は60代だけれど、お洒落な30代がするようなメガネをかけていた。

—ご用は何かね。
—あの、メガネのフレームが割れちゃって。これ、直せますかね。レンズは無事なんですが。
—うーん。これを直すのはムリだろう。
—そうですか。
—でも、そのレンズが合うフレームが店にあるかもしれん。ちょっとこっちに来なさい。

Robertさんは店内をぐるっと回って、ひとつずつ、彼が売っているフレームとぼくのレンズが合うかどうか確認してくれた。ぼく以外の客はいない。だが、これも合わない、これも合わないと彼がつぶやくにつれ、ぼくは申し訳なくなってきた。

—見つからなかったなあ。他をあたるか、新しいレンズとフレームを買う必要があるよ。
—そうですか。じゃあ視力も落ちたので、いっそ新しいのを買うことにします。いちおう、視力検査の結果も持って来ました。
—わかった。じゃあ君の顔に合うフレームを選んであげよう。

ぼくは、メガネのデザインにはそこまで拘らないタイプだ。いわゆる瓶底メガネ的なものを除けば、別に何でもいい。

Robertさんはぼくの顔をもう一度覗くと、サンプルのフレームをいくらか持ってきてくれた。

—さあ、かけてみなさい。
—はい。そう言えば、いつ頃からメガネ屋を営んでらっしゃるんですか?
—この職業についたのは40年前だね。奥さんは38年前。
—40年。すごい。
—California Ave.に越してきてからは、まだ14年しか経ってないけどね。

それでも14年。14年前というと、ぼくは日本で小学生をやっていた頃だ。

—君は、どうやって私らのことを知ったんだね。
—Yelpで見つけたんです。クーポンが載っていたから。
—そうか。一年前くらいに載せたんだっけな。若い人らはやっぱりYelpとか見るんだなあ。
—はい。ところでさっきから気になってたんですが、テーブルの上のこの鏡、デザインがいい味だしてますね。とても古そうですが。
—何十年も前に買った鏡だよ、それは。5年前くらいから、生産中止になっちまった。大事にしないとなあ。

そうこうするうちに、ぼくの顔にぴったり合うらしいフレームが見つかった。

—うん。こいつはとても似合ってると思うよ。
—そうかもしれません。しっくりきますね。
—写真を撮ってやろう。ちょっと待ってなさい。

店の奥から、RobertさんがiPadを引っ張り出してきた。どうやらこれで写真を撮ってくれるらしい。どこも古めかしい店の中で、iPadだけがタイムスリップしているような気がした。Smart Coverと格闘したあと、彼はいろんなアングルで写真を撮ってくれた。

—ほら、どうだい。
—いいですね。気に入りました。iPadも持ってらっしゃるんですね。
—そうだよ。こないだのお客とも話したんだけど、iPadには、ディスクが入っていないんだってね。ディスクもいつか消えるだろうと彼は言っていたよ。カセットテープが消えたみたいにね。
—そうかもしれませんね。
—ここらへんに住んでると、そういう時代の移り変わりを嫌でも目にするなあ。
—たしかに。ぼくも住んで日が浅いですが、まさにそう思います。
—そして、そういう新しいものを作ってる人たちも、よくここに来るんだよ。エンジニアかい、君は。
—まあ。エンジニアの端くれってやつです。
—じゃあ、GoogleのEric Schmidt会長は知ってるかな。彼のメガネも、私が選んであげたんだよ。
—なんと。急に恐れ多くなってきました。

ドアが開くなり、もう一人のお客が入ってきた。あいさつの様子を見ていると、どうやら常連さんのようだ。Robertさんは雑談を切り上げる。

—さて。そのフレーム、買うのかね?
—はい。頂くことにします。
—分かった。じゃあ明日来なさい。レンズを作って用意しておくよ。
—あした? え?
—なんだ、信じられないような顔だな。君のレンズは度が特殊だけど、明日までにはできるよ。
—わ、わかりました。

客が少ないのか仕事が早いのか分からないが、とにかくひと味違ったメガネ屋さんである。

—あの、もうひとつ質問していいですか?
—なんだい?
—この仕事を続けてるいちばんの理由は、何ですか?

彼はすこし考えて、

—そうだな。ずっとやってきたというのも勿論ある。だがそれ以上に、人がものを見るのを助けることは、とても誉れ高いことだと思ってるよ。

There’s so much gratification in helping people see.

Robertさんはそう言った。

次の日。約束してくれた通り、ぼくは彼が選んだメガネをかけていた。

人がものを見るのを、助けること。

見えないものを見ることを、リーダーシップと呼ぶ。世界中からリーダーが集まるこの街で、40年間メガネを売り続けたRobertさんだからこそ、胸を張って言える言葉なのだろう。

従来のメガネも、Google Glassも、本質的な役割は同じだ。視力の悪い人がものを見るのを助けたからこそ、メガネは成功したのだ。Google Glassもまた、たくさんの人にとって、見えないものを見る助けになれば成功するだろうし、なれなければ失敗するだろう。

当のEric Schmidt・Google会長は「Glassには新しいエチケットが必要」と発言している。でも、Glassの奇妙さなんて、見えないものを見たいという欲求に比べたら微々たるものではないだろうか。

Google Glassのこれからが楽しみである。ここから先の妄想は、アーリーアダプターの方々に任せておくことにしたい。