上杉周作

「シリコンバレーでは、アイデアより人に投資します」についての訂正と補足

シリコンバレーのとある日本人夕食会で、現地の方が日本から来た方に

シリコンバレーでは、アイデアより人に投資します。

と語っていた。

わたしは投資家でも何でもない、シリコンバレーで3年半ふらふらしているアラサーだが、このフレーズには首を傾げるところがあった。その違和感を簡潔に言語化してみよう。

仮定から先に物事を考える

理系出身者が多いシリコンバレーでは、仮定から先に物事を考える人に遭遇しやすい。詳しく説明する前に、次のロジックパズルを解いてみてほしい (参考: Wikipedia)。

問題: 赤か白の帽子をかぶっている人が3人縦に並んでいます。自分の帽子の色は分かりませんが、前から2人目の人は1番前の人の帽子の色が見え、1番後ろの人は前から2番目の人と1番前の人の帽子が見えます。なお、後ろを振り返ることはできません。

今、この3人の中で、少なくとも1人が赤の帽子をかぶっていることをこの3人に告げます。そして、自分の帽子の色が分かった者は申し出なさいと言います。

しばらく沈黙が続いた後、1番前の人が「自分の帽子は赤だ」と言いました。彼の答えの根拠を示してください。

答え: この問題の解き方は色々あるが、仮定から考えると分かりやすい。

まず、1番前の人が「自分は白だ」と仮定したとする。これを仮定Aとしよう。前から順に図にすると「白—?—?」である。少なくとも1人が赤なので、2番目か3番目の人が赤だ。

さらに2番目が白、すなわち「白—白—?」だと仮定する。これを仮定Bとしよう。少なくとも1人が赤なので、3番目は赤、すなわち「白—白—赤」だと確定する。

よって3番目が「自分は赤だ」と言うはずだが、赤は黙っていた。このことから、仮定Bは間違っていて、2番目は白ではない。

なので「白—赤—?」ということになるが、それだと2番目が「自分は赤だ」と言うはずである。しかし、実際2番目も黙っていた。

つまり、「1番目が白」という仮定Aがそもそも間違っている。よって、1番目が赤ということになる。

仮定から先に物事を考える: シリコンバレー編

このように「あらかじめ仮定を設定して、それから逆算する」考え方に触れることがシリコンバレーでは多い。その代表格が、人に投資するときの判断基準である。

つまり、投資家側は「こういう未来が来るだろう」と仮定する。次に「こういう未来が来ると仮定したとき、それを実現させる人はこういう人物像だろう」と考え、その人物像にマッチした人に投資するということだ。自分は投資家ではないので、実際のところは分からないが、見聞ではそんな印象だ。

東京のベンチャー業界とシリコンバレーのベンチャー業界の一番の差は、起業家の絶対数である。東京では儲かりそうなアイデアのみに複数の起業家が群がるのに対し、こちらでは殆どのアイデアに複数の起業家が群がるのだ。そのとき勝ち残るかどうかの明暗を分けるのは、創業チームの人物像によることが多いらしい。

極端な例を言ってしまえば、Facebookが出現する前の2003年に、Facebookみたいなものが大きくなることを、とある投資家が予想できたとしよう。「実名制ソーシャルネットワークが大きくなる」と仮定したとき、それを先頭に立って実現させる人は、少なくともオッサンオバサンではないだろう。Facebookみたいなものを作る人は、インターネットと共に育ち、インターネットに情報をさらけ出すことに抵抗がない人のはずだ。2003年あたりでその条件を満たすのは、若い人のほうが確率が高い。なのでオッサンオバサンがFacebookみたいなものをその投資家にプレゼンしたとしたら、投資すべきではないという結論に至ることができる。

これは完全なでっち上げではない。シリコンバレー随一の投資家でYコンビネーター創業者のPaul Graham氏ですら、とあるエッセイで次のように記している。

It would have been very hard for someone who wasn’t a college student to start Facebook.

大学生以外の人間がFacebookを始めるのは難しかっただろう。

現在の例をあげるならば、わたしが最近注目しているBlue River Technologyという、ロボットとコンピュータービジョンを使って農業の効率を上げるベンチャーがある。彼らのロボットを使えば、どのレタスを除草剤を使って殺すべきで、どのレタスを残すべきかを早いタイミングで正確に判断してくれるのだ。

CEOのJorge Heraud氏は、次のように「未来」を語っている

The future I see is a future where we use half, a fifth, a tenth of those chemicals by just understanding and putting herbicides only on the plants that need them, by putting fertilization only in the quantities that you need them, putting disease control chemical only on the plants that need it.

わたしに見える未来は、除草剤や農薬を本当に必要としている苗のみに使い、化学肥料を本当に必要な分だけ使うなどして、農業にかかる資源を現在の1/10以下にできる未来です。

そのBlue River Technologyは最近、10億円相当の資金調達を行った。投資したVinod Khosla氏は創業チームについてこう語っている。

This high-caliber Blue River team has assembled leading experts spanning both cutting-edge technology and agriculture, and they are in a great position to lead the next gen of environmentally-friendly precision agriculture.

Blue River Technologyは、最先端の技術と最先端の農学を知る者達を集めることができた。このチームなら、農業革新のリーダー格になれるだろう。

CEOのHeraud氏は農業でも使われている大手測量機器メーカーのビジネス部門を率いた経験があり、CTOのLee Redden氏はスタンフォードでロボット工学の博士課程を休学中だ。まさにドリームチームである。

ほかにも、今は飛ぶ鳥落とす勢いAirBnBだが、まだ無名だった2009年のころ、YコンビネーターのPaul Graham氏はこのように言及していた

There’s no reason this couldn’t be as big as Ebay. And this team is the right one to do it.

(AirBnBのようなビジネスが)eBayと同じくらい大きなビジネスにならない理由はない。もし(AirBnBが)そこまで大きくなるとしたら、それを成し遂げるのはこのチームだ。

また、Graham氏は起業家に向けて次のようなメッセージも送っている

Live in the future and build what seems interesting. Strange as it sounds, that’s the real recipe.

起業のアイデアを得るのに一番良い方法は、「未来に生き、(その視点から)面白いと思えるものを作る」ことである。

「どのようにして起業のアイデアを見つけるか」と題されたこのエッセイに、「未来」「最先端(edge)」という言葉は24回も登場する。

未来から逆算するのは、起業家にとっても大切なのだ。

言葉を大切にしよう

ここまで読んで、「そんなの当たり前だ」「この記事に真新しいことは無い」と思われたかもしれない。確かにそうである。

しかしわたしが言いたいのは、「シリコンバレーでは、アイデアより人に投資します」と「シリコンバレーでは、アイデアがもたらす未来が来ると仮定したとき、それを実現するであろう人に投資します」という二つのフレーズには、大きな隔たりがあるということだ。

前者は「アイデア < 人」という不等式を前提としているが、後者は「アイデア ⇒ 人」という論理包含を前提にしている。

そしてわたしの見たところ、シリコンバレーは不等式よりも論理包含で動いている。

日本からシリコンバレーに市場調査で来る人は、「市場調査という名の周遊旅行で来ている」と現地人に揶揄されるようだ。だが現地人も「シリコンバレーでは、アイデアより人に投資します」と言っているようでは、どっちもどっちだとコメントするほかない。

言葉を大切にしよう。