上杉周作

シリコンバレーから日本の高校生への真っ直ぐなメール

有名な日経ビジネスONLINEの「シマジコラム」にぼくの書いた文章を掲載していただきました。

【番外編】 シリコンバレーから日本の高校生への真っ直ぐなメール

内容は、とある高校生の方からいただいたメールへのぼくの返事です。日系ビジネスONLINEの記事を読むには会員登録が必要なので、記事の中からメールのやりとりだけを抜粋してこちらに貼っておきます。

高校生の方からぼくに宛てられたメール:

将来、シリコンバレーで働きたいと思っています。ですが最近、シリコンバレーは暮らしにくく、非人間的な場所であるという意見を見聞きするようになりました。エンジニアの給料は確かに高いが、その分、家賃や物価も高く暮らすにはすごくお金がかかる、会社が傾けば簡単にクビになる、残業や休日出勤手当なんてものは一切出ない、家族手当や通勤手当の類のものは皆無、退職金という仕組みもない等々。40歳を超えたエンジニアは新しい発想が浮かばないとされ、管理職以外はお払い箱とも聞きます。そうした話を聞くとどうしても不安になってしまいます。

ぼくの返事:

シリコンバレーのエンジニアの年収が、「現時点で」「日本に比べて」高いのは本当です。ぼくの場合でも年収は10万ドルを超えています。また給料のほかに、ストック・オプションという、会社の株を買う権利も貰っています。同世代(20代後半)で年収が15万ドルをゆうに超えている友人も大勢いますし、米フェイスブックの初期社員だったため億万長者になった同世代も両手で数えられないくらい知っています。

技術者の多くが20代から30代というのも事実です。40代の技術者は大企業では多く見かけますが、50代の技術者はあまり見かけません。エンジニアから管理職になるのが難しいかどうかは、ぼくは経験がないので分かりません。

中途半端な答えですみません。しかし、もし質問を「20代後半でシリコンバレーで技術者をやっているぼくは、将来のことを不安に思っているか?」に変えたら、もう少しましな答えをお伝えできます。

結論から言うと、ぼくは将来のことを全く心配していません。ぼくは社会人4年目になりますが、それくらいすると、どうやったら社会でうまくやっていけるか少しずつ分かるようになるんですね。なかでも一番役に立った気付きは技術者として生きる以上「能力」も大事ですが、それ以上に「自分がいるコミュニティーに貢献できるかどうか」が、成功するか失敗するかを分けるということでした。

例えばぼくは去年の9月から12月まで、サンフランシスコの少し治安が悪いところにある高校に週1回片道1時間かけて通い、そこの生徒たちにプログラミングを教えていました。地域ボランティアみたいなものですね。「今自分が住んでいる場所に貢献できるとしたら何だろう?」と考えていたときに求人を見て、参加を決めました。このボランティアをやったおかげで、社会貢献に興味があるエンジニアの友達もできましたし、技術カンファレンスに参加したときなど、自分がどんな人間かを相手に分かりやすく伝えられるようになりました。

もう一つ例を出すと、2012年から2014年の初めにかけて、ぼくは日本語でブログを書いていました。「海外在住の日本人・海外に興味がある日本人」が集まるネット上のコミュニティーに属していたので、そこで何か情報を提供できればと書き始めたのがきっかけでした。ブログを通じて友達がたくさんできましたし、何より困ったときに頼れる人の数が、以前の何倍にもなりました。

最後に、これはぼくの例ではないのですが、親しくしているデザイナーの友人が昨年日本からカナダのバンクーバーに移住し、現地で就職活動を行っています。彼女は留学経験どころか海外に住んだ経験もないのですが、彼女の就活は順調のようです。

なぜ順調かというと、彼女は現地のデザイナーコミュニティーに積極的に参加し、また貢献しているからです。彼女は自分がデザインしたものを英語でネット上に公開したり、現地のデザイナーの集会で英語で講演をしたりしていました。その結果、彼女に対していろんな人が、「一緒に仕事したい」と思ってくれるようになったのです。

さて、話を戻しますと、「エンジニアが40代になると仕事がなくなるのでは?」という質問でしたね。まず、エンジニアではなくても、40代になれば仕事がなくなる不安にかられることはあると思います。例えば、いま40代でマーケティングの仕事をしている人は、10代の子が興味を持っていることが分からないかもしれません。LINEの使い方が分からないおじさんが、10代の心をつかむって難しいですよね。

また、ぼくはまだ20代後半なので実感がありませんが、たぶん40代になると仕事の不安以外にも、老後が不安だったり、子供の大学進学が不安だったり、家のローンの残りが不安だったり、いろんなことが不安になると思います。

どの分野でも年をとるにつれてプロフェッショナルとして生き残るのは難しく、仕事以外にも色んな分野で「困る」ことが増えるはずです。ぼくはエンジニア以外の40代、50代の方ともたまに話すのですが、「大変だ、大変だ」と言ってる方は、日米問わず、そして分野問わず多い気がします。

でも、そうした大変さを乗り越えている人は、何らかのコミュニティーに入っています。

地域のコミュニティーだったり、同じ分野の専門家が集まるコミュニティーだったり、趣味のコミュニティーだったり、出身国のコミュニティーだったり、ネット上のコミュニティーだったり、いろいろです。

そして、そのコミュニティー内で、ほかの誰かが困ったときに助けたり、自分が困ったときに助けてもらったりしているのです。一言で言うと、「生き残れているのは、助け合っているから」なんだと思います。

例えば、米国の学校はIT化が日本より進んでいるのですが、そのためにはソフトウエアに詳しい人材が学校に必要です。そういうポジションに就く人たちは、第一線では働けなくなった元エンジニアが多いと聞きます。技術者として会社に貢献することは厳しくなっても、自分の子供が通っている学校で「コンピューターに詳しいおじさん」としてボランティアをした結果、その地区の学校のIT責任者の仕事を得る人もいるようです。まさに「貢献したら、生き残れた」ということですね。

さて、なぜぼくが将来のことを不安に思っていないかというと、ぼくは自分が入るべきコミュニティーを判断する力と、入った後そのコミュニティーに貢献する方法を思いつく力を持っているからです。これからも「困ったなあ」と思うことはたくさんあるでしょうが、そのときに「よし、このコミュニティーに入って、そしてこうやって貢献しよう」と行動できる自信があります。そうすれば、困ったとしても誰かが助けてくれるのです。この力は失うことはないと思うので、40代でまだ技術者を続けていたとしても、何とかやっていけるのではないかと思います。年をとったら、年をとったなりの貢献方法を思いつくことができるでしょうしね。

ぼくが尊敬するプログラマーの名言に「Disる前にContribute」という言葉があります。日本語にすると、「貢献してから文句を言え」ということです。プログラミングをやっていると、他人の書いたコードを自分のプロジェクトで使うことがよくあります。そのコードに間違いがあって、使いものにならないようなときに、「こいつのコードは使えない」と文句を言うのではなく、「ここが間違っていたので、直しておきましたよ」と伝えてあげるのが、「貢献してから文句を言え」ということです。

あなたが言うように、ネット上で「シリコンバレーはここがクソだ」と発言している人はたくさんいます。もしその人たちが、シリコンバレーを良くしようと学校でボランティアをしたり、英語で情報を発信したりと、できる限りの貢献をした上で文句を言うのであれば、それは大いに結構です。しかし、そういう人をぼくはあまり知りません。コミュニティーに何も貢献せずに「苦労している、誰も助けてくれない」と言う人を見ても、「まあそりゃそうだよね」としかコメントのしようがありません。

たしかにシリコンバレーには問題点も多く、働いていてうんざりするようなこともありますが、それでも「コミュニティーに貢献したい」という人にとっては素晴らしい環境です。それぞれの技術の専門家が集まる集会が毎日のように開催されますし、コードが書けたりデザインができたりする人は、自分の作品をネット上で誰もが使えるように公開できます。ボランティア精神の豊富な技術者が、世界で一番輝いて、かつ幸せに暮らせているのはシリコンバレーだと断言していいでしょう。

ぼくがコミュニティーへ貢献することの大事さを学んだのは、母校のカーネギーメロン大学でした。生徒による自治を重視する大学でした。その気になれば生徒が授業を「作り」、その授業の先生になって、他の生徒に受講させて、しかも単位をあげることもできました。大学の履修可能な授業のリストには「マリオカート入門」とか「タロット占い入門」といった授業があり、それらは生徒が作った授業でした。ぼくは大学4年生のとき、「趣味としてのプログラミング」という授業を作り、学校では教わらない、自分の娯楽としてのプログラミング作法を60人くらいの生徒に教えていました。その授業は教授陣にも評価され、卒業式のときに特別に表彰してもらいました。

もしぼくが日本の高校生に留学を勧めるのであれば、授業などで学べることや現地の就活が楽になること以外に、この「コミュニティーに入って、そこで貢献する方法」を学べるから、ということを強調すると思います。

余談ですが、米国の大学入試はAO入試で、ハーバード大学などのトップ校では「高校時代にいかにボランティア活動をしたか」を重要視します。ペーパーテスト中心の日本と比べ、米国の大学生は「コミュニティーに入って、そこで貢献する方法」を一足先に学んでいる印象があります。

「コミュニティーに入って、そこで貢献する方法」はもちろん日本の大学でも、また大学を卒業した後でも学ぶことはできます。ですが、ぼくの経験だと、「コミュニティーに入って、そこで貢献する方法」には、日米で微妙なニュアンスの違いがある気がします。日本の大学を卒業し、日本の大企業に入った人が会社の命令で米国に来たとき、こっちのコミュニティーに入って貢献するのに苦労している姿をよく目にします。そしてコミュニティーに入れないがゆえに、ビジネスで損をすることもあるようです。やっぱり、文化の違いはあるのでしょうね。

米国の大学はたしかに学費が日本の何倍もします。「コミュニティーに入って、そこで貢献する方法」を学ぶためだけにその学費を払うのは確かに高すぎるかもしれません。しかし、その力は一生ものですので、長い目で見れば高い学費を払う価値があるかもしれません。

最後に、エンジニアとしてのキャリアについていくつか書いておきますね。

第一に、ぼくは「仕事があるかどうか」でキャリアを決めるのはオススメしません。キレイごとに聞こえるかもしれませんが、「もし『仕事があるかどうか』とか『給料が高いかどうか』とか『有名企業で働けるかどうか』を一切抜きにした場合、学びたい専攻や、やりたい職業は何だろう?」と考えて、できればそれを追い求めたほうが、成功と幸せにつながると思います。

ぼくが好きなスティーブ・ジョブズの言葉のひとつを紹介します。彼は23歳の頃、マッキントッシュが成功して大金持ちになったのですが、そのときこう言ったそうです。「つまり僕は、貧乏という、お金の心配をする必要がないという意味でステキな生活から、信じられないほどの金持ちという、これまたお金の心配をする必要のない生活へと移ったわけだ」。

ぼくは、生涯クリエーターでいたいと思っているので、お金のことについて考える時間は無駄な時間です。だから、生活に必要なぶんのお金が稼げれば、あとは気にしないようにしています。

ぼくはそう考えるようにしていますが、「自分にとって、お金とか仕事の数とか、そういうのを抜きにやりたいことは何だろう?」と真剣に自問するのが大事なんじゃないかなと思います。

また、シリコンバレーは景気の移り変わりが激しいので、いま給料が高いからといって、将来どうなるかは分かりません。現に12年ほど前は、シリコンバレーはとても不景気で、失業者が多かったと聞きます。そういう景気の波に、自分が人生でやりたいことを左右させてしまってはいけないと思います。

第二に、いろんな分野の著名人の経歴を調べてみると、じつは技術者出身だった人は多いということに気がつくはずです。例えばぼくが尊敬している任天堂の岩田社長は、現在は経営に専念されていますが、プログラマーとしても凄腕でした。有名なコンサルタントの大前研一さんも原子力発電の技術者だったし、実業家のホリエモンもプログラマー出身です。原発事故で話題になった菅直人元首相も、東京工業大学で物理学を学んでいました。最近の高校生が知っていそうな人だと、日本のユーチューブで有名な瀬戸弘司さんも、同じく東工大出身なんですね。いまは技術者をやってない人でも、学生時代は技術に触れていたという人は思ったより多いですよ。

技術を勉強すると、技術者としての思考法が身につきますが、その思考法は他の分野にも応用できるものです。40代になればエンジニアとして管理職になるという手もありますが、他の分野で活躍することもできるはずです。

第三に、シリコンバレーのキャリアのことを真剣に学びたいのであれば、実際にシリコンバレーで活躍されている40代のエンジニアの方のところにホームステイすることをオススメします。米国の有名企業で働いている日本人で、日本の学生を受け入れてくれる40代の方は多いんじゃないかと思います (有名企業ですから、親御さんも安心してお子さんを預けられるかと思います)。ぼくにも何人か紹介できる人がいます。もちろん高校生のときにそれをやれとは言いませんが、大学在学中などにできればいいですね。

こんなところでしょうか。長くなってしまってすみません。これから忙しくなるので、次に返事できるのはいつか分かりませんが、何か質問があればまたメールくださいね。


追記: 続編を書きました

「恐怖、シリコンバレーの真実!!!」「#地獄のシリコンバレー」についての私見