上杉周作

「夢を探すな」

バンクーバーのうぇぶ屋・セナさんの記事を友達に紹介することが多くなってきたので、彼のブログから友達向けによく引用している部分をまとめました。

高卒でバカなのに最高に楽しい僕の生き方と守りぬいてきたこと」より

セナさんが2013年1月16日に書いた記事です。

というわけで、突然ですが、僕の学歴は高卒止まりです。しかし、今はバンクーバーで週に3回働き、2回は自宅で作りたい物を作り、時間は朝10時から6時以外に仕事はしません。時間はあるものだから、勉強だってできます、ブログだって書けます。時間は有り余る程あるので、友人と共に新しい事に取り組む事もできます。ジムだって通うし、プールで泳ぐのもランニングも好きです。最近は暇を持て余すのもどうかと思い、カナダにある美大のContinuing Studyという社会人でも通えるコースへ通い、また新しい事を学ぼうとしています。平日から飲みにだって普通に行きます。今の生き方が僕は大好きだし、幸せだと思っています。

(中略) 僕は今の生活がコレでもかというほど、楽しいですし、満足しています。苦しいことがゼロかと言われれば、そりゃぁ全然そんなことは無いですが、少なくとも将来に悲観したりすることはほぼありません。

では、どんな過去が僕にあったかと言えば、本当に言うに耐えないくらい普通というか、平凡というか、バカでした。九州の熊本に生まれ、中学は完全にヤンキー学校で、高校の3年間も親戚の印刷所でとにかく毎日印刷機に菊半サイズの紙を何十万枚も積んで、4色印刷機にインクを乗っけてインクが固まらないように注意して、足りなくなったらインクを足すバイトしかした覚えしかないです。当然ですが、勉強なんか全然出来なかった。持ってた資格なんか何も無かった。免許証位な物です。

その後、特にやることも、別に将来の夢も無かったので、務めていた印刷屋が東京に出るのと同時に、上京することにしました。で、まぁずーっとバイトばっかりしてたこともあって、なんかやらないとなぁくらいのノリで週三回は都内のWEB制作の学校に通う事にしました。まぁ、学歴の足しに成ることは無いにしても、ここを卒業したら何か知らないけど都内の制作会社に運良く入る事ができました。

まぁ、そんな感じの至って普通ですねって話しです。

僕からみて大学という4年間も勉強に打ち込むことが出来た人たちはスーパーマン以外の何者でも無い、大手企業に務めた経験なんかあれば僕にとっては超凄い人です。カナダでも日本で大学を卒業したということが有利に働くことは多いですし、本当に羨ましいと思わずにはいられない。ましてや、皆どの国でも入国できるような信頼され尽くしているスーパー国籍にっぽんじん!そういう人たちが、将来をどう生きるか、就活がとか、そういうので悩んでる。正直、高卒でバカで将来設計が出来ないアホンダラな僕には「?」が100個くらい浮かびます。

・・・でも、もしも『頭が良い大卒』という人が、卒業したら就活して企業に務めたらゴール、でもそれが本当に自分のやりたいことか分からないから将来の夢を探し続け、自分の天職が見つかるまで安心できず、世の中に不安がり、大人たちの都合に振り回される人達のことを指すのであれば。僕は目の前の事を全力で取り組んでるだけ高卒のバカのままでいいと思います。

(中略) 僕もまだまだ若輩者なので、大きな口は叩けませんが、もしも、僕のように海外で働いて、楽して、作りたいもの作ってという状況を良しとするのであれば、僕から出来るアドバイスは3つです。

将来語る前に、目の前の事に手を抜かない方が良いと思う

高卒の人間を認めてくれる人は超少ない。「高卒なんだね、じゃぁ最低賃金でいいよね」なんて具合で、飲み会の場では基本パシリ役(僕はそうだったw)、その存在が認めてもらえる事自体少ない。認められることが少ないから、将来が不安になる。気がついたら、将来のことしか考えてない自分がいて、今をおろそかにする。目の前のバイト一つとっても、”将来の自分”の役立たないと手を抜いてしまう。その悪循環にハマると、手を抜くことが当たり前になってしまう。これは学歴に関係無く最近よく目にする光景の一つじゃないでしょうか?

結局は続ける事じゃないかと思う

僕はブログ6年やって、いまのブログになったのは過去に4年間やってたブログを捨てて、完全に分析と戦略の上でこのブログは成り立っているので、一概に続けるということだけが全てとは言えないのですが、それでも単純作業だろうが、同じ事の繰り返しだろうが3年も続けると次が見えてきます。先ほども書いた”将来の自分”の役に立たないからと、途中で投げ出す事が必ずしも自分のためかは僕には疑問ですね。”続ける”ということにどれだけの価値があるかと僕に問われれば、『高卒でも海外で必要とされるようになれる程度には重要だよ』と答えるかもしれません。ブログだけに限らず、たかが紙を機械に詰む仕事一つとっても、続けるということで見えてくる未来って意外とデカイ。そして、ただ続けるんじゃなくて、日々を全力で続けることができれば、僕は必ず輝かしい未来が待っていると信じてやみません。

そもそも将来の自分とか夢とかの意味がよくわからない

バンクーバーなんかの多人種な街に居ると、多くの留学生がやってきます。彼らは自分の将来を考え留学という選択をとる人が本当に多いのですが僕がどうしても不安に思ってしまう人たちの中に「自分探し」という言葉を使う人達が挙げられます。

それは「自分探し」という言葉を使い、留学した人たちの中で「自分、見つかりました!」と報告してくれる人が、ついに今日までの5年間の中で耳にする機会が無かったからです。

また「将来やりたいことを見つけにきました」などという言葉を聞くのも不安になります。「見つかりました!」という言葉を聞くことが本当に少ないからです。

ここからは、そんな「自分探し」な人たちを多く見てきた僕の意見でもありますが、自分って探して見つかる物じゃ無いと思うんです。夢もそう、夢って待ってりゃ来るものでもなければ、探して見つかる物でも無いと思うんです。

それでも、「僕は今やってる事好きだし、楽しいよー」なんて事を言えば、「どうすれば自分のやりたいことが見つかりますか?」なんて聞いて頂くことも多いのですが、目の前にあることを全力でやってたらそれが夢なり、目標なり、自分になる。これがとりあえず、僕が考えられるバカなりの答えです。

目の前にあるバイト一つに全力出せずに夢なんか見つかるんだろうか。目の前にある仕事一つに本気になれずに、目標とか立てられるんだろうか?目の前の事に手を抜いて、自分がやりたいことが見つかるんだろうか?

そもそも、バイト数年続ければお金貯められるよね?って話しをすれば、大半は無理だと答える。バイト一つに手を抜かずに数年も打ち込むことなんか出来ないと。将来のために成らないと。まさに大卒らしい贅沢な悩みだと正直思います。

将来なんか考えてもどうせ高卒な僕にはどーしよーもないと、目の前の紙積みに一生懸命だった僕は、目の前の一切に手を抜かないというたった一つ守ってきたものだけで今ここに居ます。

目の前の事に手を抜かなければ未来とか将来の自分なんか、勝手に向こうやってくるのが僕の知る自分の将来の作り方ってヤツです。

高卒でバカなのに夢や目標を着実に叶えてきた僕が絶対に忘れなかった事」より

セナさんが2014年3月12日に書いた記事です。

夢なんて毎月変わる

最近は大学生と話をする機会も多いので、ちょっとこれはついでに書いてしまおうと思ってるんですが、なんか『何がなんでも、学生の内に自分の一生のやりたい事を見つけなくてはならない!』みたいなもはや脅迫観念にも似た事をたまーに聞くんですが、別にそんなもん今見つけなくったって、いつか見つけてもいいわけじゃないっすか。

少なくとも僕は『WEBデザイナーが一生の夢だ!』みたいに思った事はないですし『やってみたら楽しかった』で別に良いと思うんですよね。

僕で言えば、先月までの夢は『バンクーバーでクリエイター専用のシェアハウスを運営する事!』だったし、今月の夢は『近場のチーズケーキ屋さんのチーズケーキを全種類食べてみる事!』だし。来月〜再来月は多分『日本で帰国してセミナーすること!』かもしれないし。

かと思えば、別に10年後『ケーキ屋になる!』って目指しても、別にそれは僕の自由なわけじゃないですか。そのためにケーキづくりを学びに大学行ってるかもしれないわけじゃないですか。

ただ、ぶっちゃけ毎月変わろうが、毎日変わろうが別に構わないから、『これをする』と決めたからには一瞬も妥協する事無く突き詰め、その道のプロになるくらいの意気込みで何事も挑戦する事。これだけ守ってればどんだけコロコロ変わる夢とか目標であっても、絶対どれかはいつか実になってると思うし、もしくは複数の夢が合わさって別に夢になってたりもすると思う。

悲惨なのはあくまでも、夢を持てない事じゃなくて、何にも本気になれないことの方だと僕は思うから、こんな記事書いといてなんですが、僕は将来の夢とかはぶっちゃけどうでもよいと思っています。

今月の目標が今月かなわなくても、来年やってもいいわけじゃないですか。僕は6年前にカナダ来て、VFX勉強したいと思い学費足りずに挫折したので、30歳過ぎたらSFUって大学行って学びたいと思っています。まぁその時にはまた別の何かを学びたいと思ってるかもしれませんが、僕は大学行ったことが無いのでいつか行ってみたいっすね。そいえばそれが仮にあと4年で叶えば10年越しの夢になるわけか…なんかカッコいいですね(笑)

もちろん『そんな物は夢じゃない!』と言う偉い人もいるんでしょうけど、今日はこれを何度でも伝えてしまうのですが、僕を含め、その辺の他人なんて言う事の9割は無責任です。『夢や目標はこれと決めたらブレない方がいい。』と言われても、じゃぁその人がそのブレなかった目標達成出来なかった時に何が保証してくれるのかと言えば9割がた何もしないでしょう。そりゃ僕も同じです。

ただ、僕は普通に考えてみて『うーん、将来の夢何にしよー。』って考えてる暇が何年もあるくらいなら、今すぐその辺のカフェにでも行って、お店のメニューを全部覚えるとかしてた方が、まだ誰かの役に立てるような気がします(笑)

高卒バカからカナダで社長になった僕より、新社会人(とか)に向けたアドバイス5つ」より

セナさんが2014年4月20日に書いた記事です。

夢を探すな

何よりも伝えたい事はぶっちゃけコレ。以前もどっかの記事で書かせてもらったと思うんですが(忘れちゃった…)、夢とか目標って、探したらどっかでぽっと沸いて出る物じゃ基本的には無いと僕は思います。もちろん中には極々一部の人が偶然にも眼前に自分の夢が転がり込んできてそれに没頭したなんてお話も聞きはしますが、それは超幸運に見舞われたそういう星の元に生まれて来た天才に過ぎないんじゃないかと、僕は思うわけです。

留学に来る人の中に最も多いのが『やりたい事が見つからないからとりあえず自分探しに来た』という人は本当に多いですが、やりたい事が見つからないからとりあえずいろんな本を読んだり、人の話を聞いたり、駄べったり、飲んだり、騒いだりしてても、結局何も見つかりはしません。ぶっちゃけ「夢が見つからない」と口にする時間が最も無駄です。

僕はWEB制作が楽しく、それに没頭してたが故に今があるので、よく「セナさんはどうやって自分の夢を見つけたんですか?」なんて聞かれる事が本当に腐る程あるんですが、別に最初から「自分にはWEB制作しかない!」と思ったわけじゃありません。

高卒バカの記事でも書いたよう、僕はとにかく目の前にある事に一生懸命だっただけです。毎日クソつまんない無機質な印刷機に菊判サイズの紙を毎日毎日積んでただけ。紙と紙がくっついてるので端を持ってクイっとして、パンってして、空気いれて、ガンって給紙口の方に突っ込む。その作業を延々と1年くらいやってただけです。

それが毎日頑張って居たら、DTPもさせて貰えるようになり、営業にも回らされ、それがキッカケで東京に出て、仕事しながらWEB制作を学び、WEB制作会社へ転職でき、過労でぶっ倒れたことが海外へ行くキッカケとなり、カナダへ渡った。

誰が印刷機に紙積んでた僕の夢が「海外でWEB屋に成ること」だと予想出来たでしょう、僕自身そうなるとは思ってもいませんでした。誰が高卒な僕の夢が「海外で社長になる事」だと予想出来たでしょう。

高卒で毎日紙だけ積んでた僕は、ただひたすらに目の前の事を頑張り続けた結果として、今があります。そりゃ紙だけ積んでた時期はつまらなかったし、退屈でしたが、でも仕方がないじゃないですか、当時の僕に出来るのはそれだけだったんだから。

だから僕は今まで自分の夢を探した事は一度足りともありません。ただ、目の前にある努力すべき対象に、愚直に頑張り、誰かの役に立てるよう頭ひねりつつ頑張り続けただけです。そしてそれはこれからもそうです。

「やりたいことが分からない人」へ一言

ここからはわたし、chibicodeの意見です。「やりたいことが分からない」という方にアドバイスが出来るほどわたしは偉くありませんが、一つだけ言えることがあります。

もし、あなたが誰かに「やりたいことが分からない」と相談したとして、その人が親身になって「うんうん」と聞いていてくれたり、「◯してみたらどう?」という前向きなアドバイスをくれたとします。

そのアドバイスを素直に受け取ってはいけません。

かわりに、「この人は優しく接してくれたが、心の底では『甘ったれるな』『やるべきことを一人前にやれるようになってから言え』『まずは今までの自分を否定することから始めろ』などと思われているに違いない」と疑心暗鬼になるべきです。

口では優しくとも本音では「甘ったれるな」と思われている確率は、相談する人にもよりますが、1%から99%の間でしょう。100%ではありませんが、0%でもないと思います。0%ではないのなら、疑心暗鬼になるべきです。

結局のところ、自分を厳しく見つめられていないことが問題なのです。その問題の根っこの部分に辿り着くには、信頼している人からのアドバイスに疑心暗鬼になることが手っ取り早い気がします。

ぎゃくに、アドバイスを与える側の人にひとこと言わせて頂くと、「やりたいことが分からない人」は、あなたのアドバイスを聞きながら疑心暗鬼にならない限り、「どうしようもない人」のままです。

まずは相手に自分を疑わせることから始めて下さい。疑われたからといって、信頼関係が壊れることはありません。信頼は、疑い合いの上に成り立っているのですから。

誰かのアドバイスを聞いて「なるほど」というAさんと、誰かのアドバイスを聞いて、疑って、疑いまくって、疑いぬいて、その後で「なるほど」というBさん。どちらが早く泥沼を抜けられるかは推して知るべしでしょう。

人を疑うことも、自分を疑わせることも、ときには大切なのです。

高卒でバカなのに最高に楽しい僕の生き方と守りぬいてきたこと」より:

こういう記事の結局は自分の考えの押し付けでしかない

で、書いてみた後にめっちゃ矛盾したこと書いて申し訳ないんですが。こういう将来の自分つくり的なお話は、そこら中に転がっているとおもいますが。僕のこの記事含め、全部鵜呑みにしてはいけないと思うんです。結局、僕はこの記事見てくれている方の将来を背負うわけじゃないので、僕がこうだったという話しを押し付けているだけです。だから基本に僕が書く事の全てが全部正しいとは思っては行けないと思います。(ちなみに、これは僕がネット上で情報全般を得る時の心構えです。)

ある人は『肩の力を抜くことが大事』と言うし、ある人は『国外へ出ろ』というし、また僕は『目の前の事に手を抜くな』と言う。結局みんながみんな自分の将来の作り方があるってだけの話しです。

わたしの「疑心暗鬼」論も、まともに鵜呑みにしないことですね。わたしは人一倍疑い深いがゆえ、友達にあまり好かれないタイプなのです。

最後に、心に留めておきたい言葉なので、もう一度引用させて頂きます。

先ほども書いた”将来の自分”の役に立たないからと、途中で投げ出す事が必ずしも自分のためかは僕には疑問ですね。”続ける”ということにどれだけの価値があるかと僕に問われれば、『高卒でも海外で必要とされるようになれる程度には重要だよ』と答えるかもしれません。ブログだけに限らず、たかが紙を機械に詰む仕事一つとっても、続けるということで見えてくる未来って意外とデカイ。そして、ただ続けるんじゃなくて、日々を全力で続けることができれば、僕は必ず輝かしい未来が待っていると信じてやみません。

わたしは仕事こそコロコロ変えていますが、趣味レベルのプログラミングを7年間勉強し続け、デザインも趣味レベルですが5年間勉強し続け、文章も趣味レベルですが3年間書き続けています。一生現役でいたいですね。