上杉周作

ブログを書く理由

最近、ブログを始めたいという方と会うたびに、「自分はなぜブログを続けているのだろう」と考えるようになりました。そして考えた結果、ひとつの結論にたどり着きました。

それを共有する前に、みなさんに読んで欲しい英語記事があります。ぼくが最も尊敬するデザイナーの一人で、GitHub社のリードデザイナーであるKyle NeathさんのPixels don’t careという記事です。一年以上前に読んだ記事なのですが、やっと翻訳することができたので、ぜひご覧ください。本人から翻訳の許可もとっています

ピクセルは気にしない / Pixels don’t care

ぼくはチビだ。

ハタチのころ、ぼくはウェブ制作で稼いだ金を学費の足しにしていた。あの頃はいい仕事をしていたと思う。神業とまでは言わないが、いい仕事だったのは確かだ。

けれども、仕事をもらうのは大変だった。見込み客に会うまではよくても、会ったとたん「プロの人を雇うよ」と断られてしまうのだ。

本音では「こんな青二才に頼めるか」と思ったのだろう。しまいには、カネの面でも足元を見られるようになった。最後にぼくを騙したクライアントは、「お前はガキだろ。それに、すぐ忘れるさ」とほざいていた。

偏見。偏狭。どちらも人間の大好物だ。


8年前のインターネットは、今と全く違う場所だった。Facebookは一般公開前だったし、ツイッターは存在しなかったし、グーグルはユーザーに実名を強制しなかった。ぼくはkneathというハンドルネームを使い、warpspire.comでブログを書いていた。プロフィール写真も無かったし、誰もぼくの実年齢を知らなかった。

何より、インターネットはぼくの仕事を認めてくれた。CSSValutでぼくのブログが紹介されて大喜びした日は、今でも覚えている。広い世界の中でも有数の作品に選ばれることって、なかなか無いだろう。(8年前のCSSVaultも、今とは全然違うものだった。)

数日後、地元のウェブ制作会社のアートディレクターからメールが届いた。彼の会社を訪れてほしいとのことだった。面接の誘いに違いない。しかも、その会社はアップル・ディズニー・HP・RIMなどのサイトを手がけていた。スゴイ。ぼくの仕事にはそれだけの価値がある。そう思わせてくれた。

面接で最後に聞かれた質問は、今でも記憶に残っている。ぼくの仕事人生で最も怖かった瞬間だった。

君には(デザインの)学位もないし、大手と仕事した経験もない。本当にウチでやっていけるのか?

真っ先に閃いた言葉しか見つからないまま、ぼくはこう答えた。

わかりません。これが面接だということも知りませんでした。「君はいい仕事をしている。一度会社に遊びに来てほしい」とKrisさんにメールで呼び出されただけです。

返事はなかったが、仕事の腕を買われて雇ってもらえることになった。それでも、ぼくの給料は同僚より低かった。ぼくの制作物にたいし、ぼくの給料の20.83倍もの金額を、クライアントは製作会社に払っていた。ぼくの身長を知らないクライアントと、身長を知っている製作会社とでは、ぼくの仕事の価値に20倍もの開きがあったのだ。

いま思うと、これは差別でしかない。しかも、年齢や身長だけの差別だった。ぼくには同僚と同じくらいの学があったし、スキルでも負けていなかったし、誰よりも良い仕事をしていた。

ゲンジツ世界は残酷だ。ぼくはたまたま、アメリカで優遇されているらしい肌の色・性別・性的指向を持って生まれてきた。だけど、身長が数インチ足りないだけで、ぼくの仕事の価値には傷がつくのだ。

まあ、給料が出ただけマシだったのかもしれない。

Ruby on Railsにハマったのもその頃だった。ぼくは天才プログラマーではないし、天才デザイナーでもなかったけど、手を動かすのは速かった。#cabooseというIRCチャンネル(Railsプログラマーが集まる公開チャットルーム)に誘われ、そこで時間をつぶすようになった。実名もプロフィール写真もない世界。あるのはハンドルネームと言葉だけだった。

cabooseでは多くの友達ができた。今でも仲がいい友達、一緒に働いた友達、働いたことのない友達。そして、ぼくの顔や年齢を5年近く知らなかった友達。そんなの、この世界では無意味だったから。

ぼくらはコードやフォトショップ、すなわち画面のピクセル単位で会話をしていた。ピクセルは、人を見た目で判断しない。実際の印象ではなく、仕事の中身だけで、ぼくらは互いに信頼しあっていた。

あの世界はユートピアだったのかもしれない。あなたがゲイだろうが、ヒスパニックだろうが、トランスジェンダーだろうが、カール・ローヴだろうが、当時のインターネットにとって知ったことではなかった。無意味だった。人を判断するのに、行動と言葉以外のものは必要なかったのだ。(発言記録が残るから、ウワサ話が広がることもなかった。)

cabooseで培った信頼関係が芽を吹いたのは2009年前半のころだった。ある日、仕事に嫌気が差していたぼくは、ENTPではたらくcourt3nayに、「君のところで働きたい」という主旨の長文メールを送りつけた。ENTPは半分が制作会社、半分が事業会社という形態で、従業員のほとんどがcabooseのメンバーだった。誰もぼくと実際に会ったことはなかったし、ぼくの声すら知らない。そして30秒もしないうちに、こんなメールが届いた。

Kyle,

マジか。クソ嬉しい。

これから朝食…いや、重要なミーティングに出かけるところだけど、すぐ返事する。

Courtenay & Rick

そして、その返事:

みんなと話したよ。全員口をそろえて「Kyleがウチに来てくれるって? サイコーじゃねえか!」だってさ。君なら、チームにピッタリはまると思うよ。

面接も、電話も、技術力を測るテストも必要なかった。彼らは、ぼくのピクセルだけでぼくを判断してくれた。こうして、ぼくは夢のような職場で働くことになった。

本当に、スゴイ。


ぼくらの業界は、いわば魔法の世界だ。人類の歴史の中ではじめて、仕事の良し悪しだけで人を判断できる時が来たのだ。魔法のようなものを作り、適当な名前をつけてGitHubにアップロードするだけで、世界中で人気のプログラマーになれる。

それってスゴイことだ。

偏見。偏狭。世の中にも、ぼくらの業界にも溢れかえっていること。でもそんなの、いつだってピクセルは気にしないんだ。


ぼくは仕事ができない

ハンドルネーム「chibicode」を名乗っているわりに、ぼくは身長で悩んだことはありません。アメリカの平均身長を下回り、体重は日本の平均体重を大きく下回っていますが、悩むほどではありません。chibicodeというハンドルネームは、「将来、ちびっこにコードを教えたい」という願いからきています。

身長で悩んだことはありませんが、顔のアザで悩んだことならいくらでもあります。ぼくの顔には、数千人にひとりの割合で発症する「太田母斑」という大きなアザがあります。このアザのせいで、20代になるまで人の目を見て話すことができませんでした。相手の目に自分の醜い顔が映っている。そう気づくたびに目を逸らしてしまうのです。

今でも年に一度の割合で、次のような会話に巻き込まれます。

—顔のアザどうしたの。
—生まれつきです。
—そうか、それは運が悪いね。

また、12歳で渡米したのにもかかわらず、18歳くらいまでは、起床時間の大部分を2ちゃんねるに費やすというヒッキー生活をしていました。よく日本の方に「英語と日本語どちらが得意ですか」と聞かれ、「読み書きは同じくらいできますが、会話はどちらもできません」と答えているのですが、ぼくは本気です。

対人コンプレックスを抱えて育ったぼくは、ゲンジツ世界でのコミュニケーションを必要としない仕事に就きたいと思いました。ひきこもり時代に好きだった漫画は「こち亀」「釣りバカ日誌」「山口六平太」と、どれもコミュ力のあるサラリーマンが主役の長編物だったのですが、主人公にどこか憧れつつも、自分は正反対の道を行こうと決意しました。

それで情報系の大学に進んだのはいいものの、問題が発覚しました。自分は仕事ができなかったのです。先ほどのKyleさんと同じように、ぼくも20歳のころにプログラミングのバイトをはじめましたが、思うようにコードが書けず、給料も出ないままクビになりました。面接で嘘八百を並べるのは大得意だったので、有名企業のインターンもいくつか経験させてもらいましたが、満足な結果は出せませんでした。

プログラミングがダメならデザインをということで、シリコンバレーのデザイナーとして一年働きました。二度ある事は三度あるというか、ぼくは追い出されるように会社を辞め、半年間ニートになりました。もはや経歴詐称の一歩手前です。現在は社会復帰し、再度エンジニアになって1年半になりますが、まともな仕事をした覚えはありません。

いまのところ、ぼくは一日三時間以上、集中して何かに取り組むことができません。それでも学生時代は地頭だけで成績を取れていたのですが、仕事となると話は別です。努力はしていますが、四時間の壁を越えるのはいつになることやらです。

文章は気にしない

先進国では、成人男性はおもに仕事力・趣味・人柄・印象でジャッジされる気がします。その全てにおいて、ぼくは落第点しか取れません。趣味といえるものもなく、コミュ障で、負のオーラを撒き散らすことしか能がない。「他人の評価なんか気にするな」と必死に言い聞かせながら、毎晩ぼくは眠りについています。

けれど不思議なことに、ぼくの文章は数千人、ときには数万人規模で読んでもらえるのです。

「文は人なり」という言葉がありますが、ぼくに言わせれば真っ赤なウソです。文章は書き手の人となりを表すのではなく、書き手の文章に対する姿勢を表すのです。文章は、書き手がどんな人であろうが気にしないのです。

ぼくがブログを書く理由は、ぼくがある程度のレベルで社会不適合者だからです。文章は、そんなぼくのヒビ割れた部分を覆い隠しながら、伝えたい人に伝えたいことを届けてくれるのです。

「シリコンバレーにいる若者」という理由だけで、ぼくにゲンジツ世界で会ってくれる方も沢山います。とはいえ、ぼくもそろそろいい年です。仕事ができるようにならないと、いずれ化けの皮が剥がれます。

しかし、たとえ化けの皮が剥がれたとしても、ぼくは「読まれる」文章を書き続けられるでしょう。文章に対する姿勢を、これからも変える予定がないからです。

文章は、いつだって書き手に寛容です。そう信じているからこそ、ぼくはブログを書けるのかもしれません。

おわりに

実際にぼくに会って下さった方からは、「将来やりたいことは」とよく聞かれます。この質問にはいつも「遠隔で仕事ができるようになりたい」と答えています。それは、コミュ障が飯を食い続ける唯一の道だと思っています。Kyleさんが働くGitHub社でも、社員の2/3がリモートで働いているそうです。

仕事内容だけで何もかも判断される環境は、ぼくにとっては天国でもあり地獄でもあります。地獄になるのを防ぐべく、仕事を人並みにこなせるようになること。それが現在の目標です。

まあ、こんな駄文を書いている暇があったら仕事に戻れ、ということですね。